Ossan's Oblige 〜オッサンズ・オブリージュ〜

文化とは次世代に向けた記録であり、愛の集積物である。

「テリー=エスターク説」をドラクエシリーズ全体の視点から考える【都市伝説の根拠とは】

「隠し設定」とは、ストーリー内で明言されない隠された設定のことです。

ドラゴンクエストは隠し設定を多用する作品です。

代表例のドラクエ3では、ラストのエンディングで、3と前2作品(ドラクエ1、2)の時系列関係が明らかにされました。
この演出によって、エンディングまで両者を結びつけることのなかったユーザーに不意打ちに近い感動を与え、ドラクエシリーズの爆発的人気に繋がったのです。

この傾向は、3以降も踏襲されました。
例えば、ドラクエ6は、連続的に描かれるドラクエ4、5の世界線(天空編)の最初に位置する作品です。

しかしこのことはストーリー中には明言されず、3同様、エンディングでの示唆に留まりました。(クラウド城の浮遊=天空城の誕生)
ドラクエ6がドラクエ3ほどに反響を呼ばなかったのは、このクラウド城の浮遊演出が「そして伝説へ」ほど明示的でなく言語化もされなかったせいかもしません。

その後、この隠し設定は、リメイク版6の「デスコッド」でのとある選択肢で遠回りに回収されます。(「遠い未来ー近い未来」)
しかし、リリースから長かったこともあり、大きな反響には至りませんでした。

いずれにせよ、ドラクエシリーズ(1〜6)は、「3−1−2」、「6–4−5」のつながりを持っており、両世界線の終端の作品(3と6)のエンディングで、婉曲的に時間軸の構造を明らかにする特徴を持ちます。
このように、ドラクエシリーズにおいて、「重要な設定を隠す」ことは作品の神秘性を高める強みであり、伝統なのです。


本記事のテーマである「テリー=エスターク説」も、ドラクエ6で極めて婉曲的にほのめかされてはいるものの、隠されたままの設定です。
むしろ、ネットでは、ほとんど騒がれなかった「クラウド城の浮遊=天空城の誕生」よりも白熱することが多く、(制作側が明言しない限り)答えを出すことが不可能な構造上、リリースから25年経った現在も議論が絶えません。

その意味で、天空編の核心に迫る隠し設定と見ても差し支えないでしょう。

本記事では、制作側が故意に隠し続ける「テリー=エスターク」説の根拠について、あまり指摘されることのない演出を個人的に発見したので、指摘したいと思います。



1. 「テリー=エスターク説」とは

「テリー=エスターク説」とは、4、5に登場する古の大魔王「エスターク」がドラクエ6の仲間キャラ・テリーが「進化の秘法」を使った成れの果ての姿であるという説を指します。

ドラクエ6の舞台は、大魔王「デスタムーア」に支配された世界線
大魔王の支配を揺がしうる「ダーマ神殿」「メダル王の城」「魔法都市カルベローナ」「ゼニス城」は全て大魔王デスタムーアによって封印され、その封印はデスタムーアの部下であるムドー、ジャミラスグラコス、そしてデュランによって守られていました。

それだけに留まらず、大魔王は人々を絶望の底へ叩き落とすために夢の世界を創造。
人々の夢(心)をも支配することによって世界の完全支配を企みます。

この夢の世界には、人々の夢や欲求が投影されます。
例えば、スライムは、自分より弱いモンスターの存在を望んでいました。
その願望の投影物として、夢の世界には「ぶちスライム」なるモンスターが存在します。
また、ドラクエ6主人公は、現実世界ではレイドック城の王子でした。
王子として慌ただしい毎日を送り、可愛がっていた妹クラリスを病で亡くした過去を持ちます。
それが夢の世界では、ターニアという理想的な妹と山奥の牧歌的な村ライフコッドでのんびり暮らしています。

こんな具合に、デスタムーアが作り出した夢の世界(上の世界)は、下の世界(現実世界)の夢や願望が投影される空間でした。
この世界を支配し人々の夢に恐怖と絶望を与えることで、大魔王デスタムーアは、世界の完全支配を達成できると考えたのです。

では、そのような世界線の中で、現実世界のテリーはどのような人生を歩んでいたのか?

テリーとは

テリーは下の世界(現実の世界)の住民でした。
幼い頃に両親と離別し、姉ミレーユとともにガンディーノ城の夫妻の元へ養子に出されます。
ところが、このガンディーノでは、ギンドロ団という暴力団が王と癒着して跋扈しており、姉ミレーユが人身売買の犠牲となります。
姉の誘拐にテリーは抗い、ギンドロ団のアジトに乗り込んで抵抗するも、団員に半殺しに打ちのめされて、力の無さを痛感。
この出来事が原因で力に執着するようになり、強い力を求めてガンディーノから旅に出ます。(姉ミレーユも先輩奴隷の手引きでガンディーノ脱出を果たす)

現実世界のテリーは、力に対するコンプレックスと強烈な憧れを持つ人物だったのです。

そして旅先の各地で勇名を馳せ、「洞窟に巣食うバトルレックスの退治」によるアークボルト城の国難解決にも貢献。その武勇は次々と人々の話題に登っていきます。

ところがあるとき、大魔王の部下デュランに完敗。
その力にひれ伏しヘルクラウド城でデュランの僕になり下がり、敵(デュランの手下)として主人公たちと対峙することになります。

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強くなりたいという己の欲望があまりに強く こちら側に来てしまった者だ
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紹介しよう。この私に魂を捧げし 世界最強の男 テリーだ。

結果的には、主人公達に敗れ、そのままデュランを打ち負かした主人公たちに「トドメを刺せ」と勧めるも、主人公の仲間であるテリーの姉ミレーユの呼び止めによって抑止。
正気を取り戻し、主人公の仲間に加わります。
しかし、力を求めるテリーの執着心は消えることがなく、力のためには手段を選ばない精神の危うさがシナリオを通して描かれます。

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強くなれるなら、相手が魔物だろうがなんだろうが かまわなかったんだ!


エスタークとは

ドラクエ4に登場する古の大魔王。
その正体は謎に包まれており、シリーズ全作品を通して明言されていません。
確定しているのは、「進化の秘法」を用いて究極の生物へと進化した元人間という設定のみ。

そんなエスタークが最初に出現するのは、ドラクエ4以前の世界。(ドラクエ6とドラクエ4の中間に起きた出来事)
出現の経緯は不明なものの、エスタークの存在を脅威と見たマスタードラゴンらは、長い戦いの末にエスタークを地底の底深くに封印。
エスタークは地の底で長い眠りにつきます。

ところが、ドラクエ4の時代にエスタークの力を利用しようとする者が現れます。
魔族ピサロは、自身の人類撲滅の計画のためにエスターク復活を画策。
部下に世界を探らせ、ついにはアッテムト鉱山の地下にエスターク神殿の所在を突き止めます。
しかし、先回りしてエスタークまで到達した4主人公に打倒され、計画は挫折。
エスタークはしかばね同然の状態で再び眠りにつきます。
その後、ドラクエ5では魔界に封印されており、隠しダンジョン最奥部での戦闘では前作とは比べ物にならない脅威的な強さを見せつけます。

以上のように、幼少期の体験から力に執着するテリーと、力を求めて究極の生物に進化した元人間「エスターク」には一種の類似性を感じないこともありません。
しかし、製作者側で明言されていない以上、ユーザー側の憶測にすぎず、都市伝説の域を出ていないのが現状です。
では、ネット掲示板などで議論になりがちな「テリー=エスターク」説の根拠には、どのような裏付けが存在するのでしょうか?


2. 「テリー=エスターク説」の根拠【まとめ】

1. デュランに魂を捧げた前科

先の添付画像の通り、テリーは「敗れた」という理由でデュランに忠誠を誓い、魂を捧げました。

テリーは、姉ミレーユを助けることができなかった幼少期の体験から、力に異常な執着を持つキャラクターです。
故郷ガンディーノから旅に出た目的も「強い力を手に入れる」でした。
強い力を得る方法は、より強い人物の下に付くこと。
「強い力を手に入れる」という野望を最優先順位とする彼にとって、従う相手が人間か魔物かの区別はなかったのです。
その後、デュランは主人公に敗れ、テリーはミレーユの呼び止めによって仲間キャラに舞い戻ります。

しかし、この「仲間に加わった」という解釈も間違いなのかもしれません。
テリーにとっては、ただデュランに降った時のように、デュランよりも格上であることを示した主人公たちに「敗北を認めた」だけに過ぎなかったのかもしれません。

幼少期のコンプレックスからくる力への執着は、簡単に消えるものではありません。
仮に本編の後に、主人公たちを凌ぐ存在が現れたとしたら、テリーはどうしたでしょうか?
テリーの行動原理は、「強いものに従う」です。
主人公たちの元から離れて、その存在へと降ったとしても不思議ではありません。


3. 6裏EDでテリーとダークドレアムが対峙

実際にその存在が、テリーの前に現れます。

ドラゴンクエストには2種類のエンディングがあります。
通常エンディングとは異なる「隠しエンディング」への突入条件は、隠しボス・ダークドレアムを20ターン以内に倒して、その力を認めさせること。
すると、ダークドレアムは本編のラスボス・デスタムーアの元へ出向き、赤子の手をひねるようにデスタムーアを瞬殺してくれます。

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完全に 私の負けだ。 よろしい お前たちに 従うことにしよう。
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この者を 倒せば よいのだな? たやすいことだ・・・。

この流れで到達する隠しエンディグは、1点を除き、ほぼ通常のエンディングと変わりありません。
その1点の違いとは、スタッフロールの中でテリーとダークドレアムが対面で向かい合う1シーンが流れることです。

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奇しくも、ダークドレアムのグラフィックは、かつてテリーが忠誠を捧げたデュランに酷似

思い出して欲しいのですが、ドラクエ6には、合体イベントというものがありました。
夢の世界と現実の世界に分離した味方キャラクターが合体する2度発生するイベントです。
実際には3度起きているのですが(ミレーユ)、シナリオ中盤以降は起こらなくなり、EDの頃にはほぼユーザーに忘れられているような設定です。

しかし、このテリーとダークドレアムの対面の描写は、まさに合体イベントのそれであり、非言語であるだけに立証が難しいものの、ほぼ確信的な根拠としてユーザーの間で取り上げられるシーンです。

先述の通り、夢の世界は、現実世界の夢が投影される世界。

現実世界で誰よりも力を望んだテリーにとって、大魔王すら凌ぐダークドレアムの力は、夢の世界における自己の願望の投影物だったとしても不思議ではありません。

※あれは「一騎討ちを挑んだのだ」という反論がありそうですが、たとえダークドレアム相手に一騎討ちを挑んだのだとしても、テリーに敵う相手ではありません。
「強いものに従う」という思考回路の持ち主であるテリーにとって、それは破滅的な展開でしかないですよね。

4. ドラクエ4「進化の秘法とは、悪魔に魂を売ること」

ドラクエ6は、ドラクエ4・5へと続くストーリーとして設計されました。
1995年発売なので、1992年発売のドラクエ5から3年を経ての満を辞してのリリースです。
だから、相当作り込まれています。

その特徴として、4、5に登場する概念の起源を示唆するイベントが多く、「ヘルクラウド城→天空城」「未来の卵→マスタードラゴン」といった重要な設定の起源がエンディングで表現されました。

しかし、ドラクエ6にはなくドラクエ4・5には存在する設定の1つは未回収のままでした。
それが「進化の秘法」です。

この進化の秘法とは、4によると「悪魔に魂を捧げる見返りに、究極の力を手に入れる」こと。
4本編では、バルザックキングレオの王子といった人間が、この進化の秘法(練習台として)を用いて化け物の姿に変貌しています。

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バルザックのやつは 悪魔に 魂を売って 強い魔法を 身につけたそうです。
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キングレオの あたらしい王様は 悪魔に魂を 売ったとか・・・。

そして、4・5に登場する古の魔王エスタークも、この進化の秘法を用いて究極の力を得た元人間だと伝えられています。

ドラクエ4・5共通のコンセプトである天空城は、ドラクエ6の段階ではクラウド城と呼ばれていました。
それが、エンディングでの飛行イベントによって、両者の一致が回収されます。
これは、ドラクエシリーズお決まりの「3作目のエンディングで伏線回収する」の典型例であり、3における「そして伝説へ」に該当するでしょう。

同じエンディングのスタッフロールに、テリーとダークドレアムの対面(召喚?)シーンを持ってきたのは、製作者側の気まぐれでは絶対にありません。

ドラクエ6には存在しないエスタークおよび進化の秘法は、ドラクエ4を皮切りに登場する設定です。

同様の設定である天空城マスタードラゴンは、6EDのスタッフロールで回収されました。
これと並んで描かれた「テリーとダークドレアムの対面シーン」は、人間であるテリーが悪魔ダークドレアムに魂を売り、エスタークへと変貌する瞬間を描写していたのではないでしょうか?


5. グレイス城の老人の意味深な発言

夢の世界のグレイス城に陸路で入ると、隠し塹壕への入り口のところに老人が背を向けて立っています。
話しかけると、かなりメタ的な解説をしてくれる老人。

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「こうしていると どこからともなく 阿鼻叫喚が 聞こえてくる・・・。
むかしここで どんな儀式が おこなわれたか 知っていなさるか?
(中略)
だが ここでおきたことは この世界だけに とどまらぬ!
いずれや すべての世界に わざわいを およぼすであろう。
おろかなことよ・・・。
悪魔を 呼びだすとは。
神のいかりにふれて とうぜんじゃ!」

かつてグレイス王は、大魔王の存在を脅威に感じていました。
そんなとき、大魔王を凌駕する悪魔の存在を知ります。
そこで、悪魔の力で大魔王を制しようと、悪魔の召喚を決意。

ところが、実際に召喚したはいいものの、グレイス王は悪魔の制御方法までは知りませんでした。
その結果、悪魔の力は暴走の限りを尽くし、グレイス城は廃墟と化してしまいます。

このグレイス城で召喚された悪魔こそがダークドレアムであり、エンディングでのテリーの対面相手として描かれた悪魔です。

さらに、メタ解説を手がける謎の老人は、ダークドレアムの召喚が「世界に災いをもたらす」と警告します。
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あらゆる演出に意図があることを踏まえると、「テリーが悪魔(ダークドレアム)に魂を売ったことが天空編のストーリーに重大な影響を及ぼす転機となった」とする見方に異論はないでしょう。


3. 「テリー=エスターク説」のあまり語られることのない伏線【デュラン戦後のやり取り】

ここからは、筆者が個人的に発見した、あまり指摘されることのない「テリー=エスターク説」の伏線を指摘したいと思います。

3-1. デュランの語るデスタムーア像と隠しエンディング

デュラン戦では、前座の役目を、2体の魔物とテリーが引き受けます。
この2戦を終えた後の3戦目にデュランとの戦いが待っています。

では、2戦目で敗れたテリーは死んでしまったのでしょうか?
いえ、床に仰向けになって倒れていました。笑
床の上から、主人公たちとデュランとの戦いを見ていたのです。

そして、デュランは主人公たちによって破られます。

死が目前に迫るデュラン。しかし、ただの雑魚キャラではありません。
戦闘前に全回復してくれる(FF4ルビカンテのような)武人らしさもあって、消滅前にもいろいろと教えてくれます。

この時も、テリーは仰向けでデュランの言葉に耳を傾けていました。

その内容は以下の通り。

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ムドー ジャミラス グラコス そして私 デュランは 大魔王さまの しもべに すぎぬ。
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われらが あるじの名は 大魔王 デスタムーアさま。
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さまざまな術をつかい われらなど まともに 戦うことすら できぬ・・・。

「大魔王の強さは、4人の部下をはるかに凌駕します。」
この言葉を聞いていたテリー。その脳裏では、以下の認知が成立したはずです。

デスタムーア >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>> デュラン > 超えられない壁 > テリー」

もし仮に、デスタムーアが部下として働く見返りに力を与えたなら、テリーは喜んでデスタムーアに忠誠を誓ったことでしょう。
しかし、そのデスタムーアは接戦の末に主人公たちの手によって倒されてしまいます。

それどころか、裏エンディングでは、ダークドレアムによって瞬殺されてしまいます。

その光景を目の当たりにしたテリーの中で「最強」の定義が覆り、ダークドレアムの人知を超えた力に憧れと陶酔を抱いたとしても不思議ではありません。

そして、隠しエンディング。
天空編の中核概念であるクラウド城(天空城)の浮遊イベントと並んで、テリーがダークドレアムを召喚する瞬間が描写されます。
この「テリーとダークドレアムの対面」は、悪魔に魂を捧げる見返りに究極の力を得る方法、すなわち「進化の秘法」の誕生の瞬間を象徴していたのではないでしょうか。


2. ドランゴが語る「敗れた者の運命とは」

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これはかなり婉曲的でおまけのようなものです。
アークボルト王の依頼でテリーが倒したバトルレックス「ドランゴ」は棺桶の中で絶命したのか?
していませんでした。
討伐の証拠として、テリーに棺桶に入れられてアークボルト城へ連行された後、棺桶の中で生存していたドランゴはアークボルト城の牢獄に監禁されます。
そこへ主人公たちだけで行っても相手にしてくれないものの、テリーを連れて会いに行くと、仲間になってくれます。
その発言に含みがあるのです。

待っていた・・・おまえ・・・青い人間・・・
おまえ・・・私・・・うち負かした。
私・・・おまえ・・・ついていく。
それ・・・負けた者・・・運命
ついていって・・・いいか?

「自分を倒したテリーに忠誠を誓う」という発言です。
モンスターらしい知能を表す言葉の並び。
ただ、そんな平仮名だらけの文字列の中に一言「運命」という言葉が使われています。
違和感を感じないでしょうか?

これも「強いものに従う」という価値観を持ち、実際にデュランに魂を捧げたテリーの魔物的な価値観と、その後を暗喩しているのではないのかと私は捉えました。


さいごに

隠し設定は、作品全体の魅力を高めてくれます。
製作者側の明言がないからこそ、想像の域を出ることはなく、議論が繰り返されるのです。
リリースから25年経った今もなお沸き起こるネットでの議論が、ドラゴンクエストの魅力を物語っています。

製作者側が守り続けている「テリー=エスターク」説が今後どのような形で回収されるかは未知数です。

ドラクエスタッフらしい神回収を期待したいですね。

【確定】ドラクエ6の天馬の塔は、のちの天空への塔

天馬の塔=天空への塔。
これは説ではなく、公式の設定。本記事を読めば、そのことが分かるはずです。


ネット掲示板などでたまに持ち上がる「天馬の塔=天空への塔」説。
その信ぴょう性に懐疑的な人が多いらしい。

しかし、2010年にはドラクエ6DSが発売され、追加要素の中で「ドラクエ6とドラクエ4の繋がり」が公式に認められた。(※デスコッドの近い未来、遠い未来)

実は、同じ作品の中で「天馬の塔=天空への塔」を端的に証明する設定がある。
その決定的証拠を撮影したので本記事に載せます。
といっても、写真2枚で終わる証明。


ドラクエ4の天空への塔
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ドラクエ6の天馬の塔
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見事に、建物の外観が全く同じ。
これは、公式が両者の同一性を認めたに等しい。

ちなみに、4と6でフィールフォマップは違えど、「天馬の塔」と「天空への塔(ゴッドサイド)」はともに岩山に囲まれた絶海の孤島に位置する。
つまり、地理性と雰囲気においても共通している。

さらに6の天馬の塔がある島には、天空城とのリンクする不思議な井戸が存在した。
4の天空への城が、天空城へ入るための設備であることは言うまでもない。

実は、こうした類似性を根拠に、古いハードの時代から同祖説が唱える人は多かったらしい。
その見方が妄想ではないことが、リメイク版の塔の外観により証明されたわけだ。


確認すると、「天馬の塔=天空への塔」説は、公式に認められた設定であり、信ぴょう性を疑わなければならない仮説ではない。
この事実から、類推可能な設定が増えると思う。

たとえば、天馬の塔(天空への塔)の前身は3の「竜の女王の城」ではないか?とか

【ホルストック南の海底のほこら】カルベローナ生存者の発言とは?

カルベローナとは、ドラクエ6に登場する魔王に滅ぼされた魔法都市のことです。
この都市は夢の世界(上の世界)に存在しますが、元は現実の世界(下の世界)に実在する都市だったんですよね。

そのカルベローナは完全に滅び去ったのでしょうか?
答えはNoです。

なぜなら、カルベローナの住民の生存者(老婆)が存在するからです。
その言葉について気になる人もいるかと思うので、調べてみました。

老婆が住む祠の場所は、ホルストックからマーメイドハープで海底に沈み、南に進んだ場所にあります。

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早速、家の中へお邪魔します。

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カルベローナの生存者の姿が確認できました。早速話を聞いてみましょう。

老婆の話は以下の通り。

「おや、お客さんとは
 めずらしいのう。
 わしは 伝説の魔法都市カルベローナの 生き残りじゃ。
 あんた カルベローナの話を知っとるかね?
 「はい」  ◀︎ 「そうか。知っとるか。 まあ 有名な話じゃからな。」
 「いいえ」 ◀︎ 「カルベローナは ここから西の沖に浮かぶ 小島にあった町じゃ。そこでは 毎日いろんな魔法の研究が されておってのう・・・。マダンテなる 究極の魔法も伝えられておったぞ。しかし ある時 その小島ごと 海底の底に沈んでしまったんじゃ。それが運命だったのか・・・。何者かの 仕業だったのか・・・。今となっては わからんわい。そういえば 最近 ふしぎな夢を見たのう・・・。そのカルベローナが ふたたび よみがえる夢じゃったよ。」

若干、認知症の香り。

この祠のすぐ近くに、海底神殿が存在します。
海底神殿には、カルベローナの封印を守る魔王の手下グラコスが君臨しており、上の世界の同じ地図位置にカルベローナが存在します。
老婆は水没したカルベローナから命からがら海底の祠へ逃げ落ちたのでしょう。
とはいえストーリーの時点で、カルベローナ消滅から50年程度の歳月が経っています。魚系モンスターでも狩って食いつないでいたのでしょうか?

ドラクエ3とドラクエ4の繋がりについて【3上世界の扱い】

ドラクエ作品の楽しみの一つ。それは作品を超えた世界観の繋がりを想像することである。
作中で名言されない作者の意図を探り当てる、ミステリーじみた行為。
特にオンラインの現代では、作者側へのフィードバックが可能となる。
そうしたネット上の議論が、リメイク版などに反映されるから面白い。(例 : ドラクエ6リメイクの「近い未来」と「遠い未来」)

そうした、いわゆる「ドラクエ陰謀説」の中でも人気を集めるのが、テリー=エスターク説だ。
これは、ドラクエ6EDでダークドレアムと融合したテリーがエスタークという説。
これについては、2008年ごろから掲示板で熱い議論が交わされているので、初めて聞くという方は、そちらを調べて欲しい。

本記事で取り上げるのは、もっとマイナーな話題。
つまり、「ドラクエ3とドラクエ4」という一般に切り離された世界観の連続性について、である。
※古いドラクエのみを対象とする(ドラクエ1〜6まで)

1. ドラクエ3上の未来がドラクエ6〜の天空編仮説

ドラクエの公式が認める作品の連続性は少ない。
例えば、公式のレベルで名言されているのは、「3ー1ー2」と「4ー5」の繋がりくらい。
6の位置付けに関しては、EDのクラウド上の飛行演出に暗示されるくらいで明言は避けられていた。
しかし、先述の通り、リメイク6の隠し要素で「6ー4ー5」の繋がりが認められた。。
よって、公式が認める繋がりは「3ー1ー2」と「6ー4ー5」の2つの世界観が存在する。
では、これら2つの統合は可能だろうか?

自分の回答はYESである。
そして、「ドラクエ3上ー天空編(6ー4ー5)」の連続性を提起したい。

根拠のキーとなるのがドラクエ3リメイク(SFC)である。

2. ドラクエ3リメイクで示されたゼニス1世の存在がキー

ドラクエ3リメイクの発売日は、1996年12月6日。ドラクエ6の発売日(1995年12月9日)からほぼ1年後のリリースとなった。
この作品は、ハードの飛躍を反映した画質などの近代化が実装され、リメイク版と呼ぶにふさわしい改良版に仕上がっている。

それだけではない。

FC版には存在しないクリア後の要素が追加された。
この隠しダンジョンの頂上に待つ神龍と倒すと、神龍によって願いを叶えてもらうことができる。
この隠しダンジョンの途中に登場する人物が、「ゼニス1世」だ。
ダンジョンとダンジョンの間にある城構造の休憩地点に座する王様で、そのセリフからゼニス城の管理者だということがわかる。
彼の名前は、奇しくも、ドラクエ6のクラウド城(のちの天空城)の王族「ゼニス」と合致している。
また、王室の左右両端にはそれぞれ部屋があり、主棟の左右に2つの棟を持つ天空城を連想させる。

一般に、作者が思いつきで作中の要素を選択することはない。
各要素は、シナリオ全体との関連性、整合性を踏まえながら決まる。
したがって、この追加要素の設定からは、作品全体に及ぼす何らかの作者側の意図を読み取るべきだろう。

そして何より、ドラクエ作品全体(1〜6)の中でも、ゼニスの名を持つ人物はこの2名のみである。
つまり、両者には関連性の意図が込められている蓋然性が高く、「1世」の名から時系列的に先行するのは「ゼニス1世」である。
つまり、彼はクラウド城の王族の元祖であり、ドラクエ6に登場するゼニス王は彼の末裔だということが分かる。

このことが正しいなら、ドラクエ3上の世界は天空編のスタート地点(元祖)であり、ドラクエ6の世界はその未来に位置する世界線だと理解できる。
これが自分の「3上ー6」仮説の根拠である。


3. 竜の女王の城がのちの天空への塔

「3上ー6」仮説を前提に言えることがいくつかある。

まず、リメイク版3の隠しダンジョンがクラウド城(のちの天空城)なら、隠しダンジョンへの移送元である「竜の女王の城」はのちの「天空への塔」(天馬の塔?[周囲を岩山に囲まれた小島という設計が4のゴッドサイトに一致])に符号することになる。
門番「ここは天空に一番近い竜の女王の城です」
何と思わせぶりなセリフではないか。

問題は、城の地理上の位置である。
竜の女王の城は、内陸に存在するが、ドラクエ6や4の天空への塔(天馬の塔)は、絶海の孤島に位置する。
両者の地理上の共通点は、高い岩山に囲まれている点くらい。
この問題の解決には、天変地異を想定するほかない。

さいごに確認。
天空城(クラウド城)が実体の姿を持つのは、6の世界以降であった。
世界の支配を目論むデスタムーアが、世界の完全支配のために実体化させた「夢の世界」と共に現実世界に姿を現し、部下デュランが城の封印命令を無視して自らの居城とした。
そのためか、エンディングで「夢の世界」が実体の形を失うもクラウド城だけは現実世界に留まり、6EDで飛行するに至る。
まさに天空城の誕生の瞬間であり、天空編の始まりの象徴であった。
これはカルベローナが究極魔法マダンテと共に、ダーマ神殿が職業システムと共に、天空編から消滅したのとは対極である。

ドラクエ6以前(ドラクエ3)の段階では、クラウド城はまだ夢の世界の存在だったということになる。

原田桃世って知ってる?【かまいたちの夜】

懐かしの「かまいたちの夜」に出てくる人物名。
「私もたまには連れてって」というスキー映画。

・・・しかし、実在の人物ではないみたいですね。

「英語を理解する」とは、脳にとってどういうことか

(参考論文 : http://libro.do-bunkyodai.ac.jp/research/pdf/treatises11/001.pdf
日本人が、中・高・大の8年間を費やしても身につかない英語。
対し、日本以外の非英語圏の学習者は、約2年ほどで実用レベルの英語を習得すると言われています。

その根本的原因は、定かではありません。
しかし、日本の英語学習に、根本的なエラーが存在することだけは事実です。
今回は、言語学習にとってより根源的な「言葉と概念の結びつき」に焦点を当てながら、望ましい英語教育の姿を考えます。

1. 英単語と概念を、日本語経由で関連付ける悪習を止めるべき

どのような状態に達して、初めて「英語を理解した」と言えるか?
それは、(視覚性・聴覚性の)英単語の入力に対して、単語に対応する正確なイメージが脳裏に浮かぶことです。

あらゆる単語には、単語に対応する意味が紐づいています。

・聴解 : 単語入力→物・概念の想起
・発話 : 物・概念の想起→単語出力

この両方が可能になって初めて、「単語を理解できる」状態と呼べるわけです。

でも、ここで考えて欲しいのです。
日本の学校で強制される「英語→日本語→理解」の処理プロセスが本当に正しいのか、をです。

この処理の仕方には、2つ問題点があります。

1. おぼろげな理解は可能だが、3ステップを経るので処理が重い
2. 結局は日本語で考えている

本記事のテーマは、「言語理解のメカニズム」に関する内容なので、2を中心に話します。

1の「処理が重い」に関しては、言うまでもありません。

ネイティブが「英語 → 理解」で理解するところを、日本人は「英語 → 日本語 → 理解」と処理するわけです。
これだと、単語単位の処理が重すぎて、1単語あたりの理解に時間がかかります。

それでも、何となくの単語理解は可能でしょう。
しかし、会話の状況において、英単語は連続的に入力されます。すると、処理が追いつかずに理解が破綻します。
当然、この処理の重さは、英文読解にも付いて回り、「遅読」を引き起こします。

この、1の問題については、直感的に理解できると思うので、ここで終了です。

本記事のテーマとして扱うのが、2の問題です。

「英語 → 日本語 → 理解」という処理の仕方は、「英語」という日本語を使っているようなものです。
英語を理解するには、英語に紐付く情報が想起されなければなりません。
しかし、「英語 → 日本語 → 理解」だと、日本語に紐付く物・概念が想起されています。
最終段階で、日本語を媒介させるので当然ですよね。
つまり、日本のほとんど英語話者は、英語を使っているように見えて、実は日本語の世界観で、物・概念を想起しているのです。

このままだと、英語圏の人々と永久に会話できません。


2. 英語圏の人と意思疎通が難しい理由

なぜ、英語圏の人々と永久に会話できないのか?
それは、言葉に結びつく「記憶心象」が異なるからです。

もちろん、言語が違っても、日本人も英語圏の人々も同じ人間です。
なので、国境を超えて共通する、基本的な感覚を分かち合うことはできます。
例えば、「お腹すいた」「〜が食べたい」「眠たい」「私は〜が好きだ」などの、動物的な本能に根ざした部分ですね。

しかし、その外側の感覚を共有することは、難しいと構えましょう。
なぜなら、文化傾向は、言語に結びつく文化や地理的条件に規定され、地域ごとに多様だからです。
Aの文化感覚をBの地域に適用することは、時に押し付けとみなされ、反発の原因になります。

ところが、日本語の感覚で英語を捉える「日本語英語」の場合だと、この文化傾向の押し付けを犯しがちなのです。
しかも、自分たちは「日本語英語」を英語だと捉えているので、自分たちの英語らしい言語が「実は日本語」だという自覚すら存在しません。
日本語英語の悪癖が抜けないのであれば、勉強すればするほど習得から遠ざかる、負のループにハマります。(日本の英語教育が、半ば意図的に作り出している状況です。)

この負のループから抜ける方法は1つ。
単語に関連づける記憶心象を再構築することです。

記憶心象の形成プロセス

ここまで書くと、「記憶心象って何だよ」と思う人が大半のはず。
「記憶心象」とは、脳科学者の山鳥重氏が提唱した、認識の前提条件のことです。
この条件は、言語まで含めた、外界に対するあらゆる認識を規定します。

この「記憶心象」とは、「知覚心象」の記憶の集合のことです。
私たちが外界を知覚する時、心の中では、知覚に対応する身体感覚(視・聴・臭・味・体性感覚など)が生起されています。
山鳥は、この心に浮かびうる現象のことを知覚心象といい、対象を理解する行為の原点と定義しました。

さらに「知覚心象」は、全てがリアルタイム性の入力に依存しません。
過去の知覚心象も、参照されるのです。
山鳥は、この知覚心象の記憶全体を「記憶心象」と定義し、知覚心象を支える土台とします。

言い換えるなら人間は、外界の情報を、過去の記憶を頼りに自分の身体感覚に置換することで、対象の理解を行なっているのです。

山鳥は、この「記憶心象」の体系を、言語を含むあらゆる認識の前提条件とします。

言語においては、単語の中身(意味)に「記憶心象」が符合します。
単語の入力の結果として「記憶心象」に紐付く一定の身体感覚が想起されます。
人間は、単語に紐付く身体感覚の記憶によって、臨場的に言葉の意味を解釈しているのです。

当然、「記憶心象」のあり方は、個々人の具体的経験に左右され、人によって様々です。
しかし文化によって一定のパターンが保持されるので、同じ記憶心象を共有する人々の間で、言葉の交換が可能になります。
つまり、会話が成立するという状況です。

日本人の英語に話を戻すと、日本語英語に陥っている時点で、日本語の記憶心象を生起しています。
日本語の記憶心象は、日本で起こりうる体験の範囲に制約を受けます。
なので、英語圏がコードする記憶心象と範囲的に重ならない部分が多いです。

日本人が英語圏の人と学校教育の仕方で会話をすると、ほぼ会話の破綻を余儀なくされるのも、言葉の意味が噛み合わっていないのが一因なのですね。

人間は、「同じ言葉を使いながら、違う世界を見ている」
この事実への認識が大事です。

いまいちパッとこないと思うので、具体例を挙げます。

辛いりんご

日本のりんごは、甘いですよね。
熟成の度合いによっては、酸っぱいかもしれませんが、苦かったり辛いことはありません。
では、りんごが辛い土地柄の国があるとしましょう。

この国では、りんごは食用に適さない「植物」なので、人々に忌避されています。
そのネガティブな評価は、次のような、ことわざに反映されているかもしれません。

「隣人を憎むことは、熟れたりんごを丸ごと頬張るようなものだ。」

これを聞いた日本人は、思うはずです。
「ナニイッテンダ、コイツ」

なぜなら、日本語の「りんご」はポジティブな情報をコードするからです。
日本では、りんごは庶民に親しまれています。
その背景には、りんごが栄養価に優れた「甘い」果実だという条件があります。

その常識のまま、異文化の「辛いりんご」を前提とする言語を目にしたために、「ナニイッテンダ、コイツ」が発生したわけです。

このように、言葉の捉え方は、その文明圏に特有の条件に規定されます。
日本語圏と英語圏の人とでは、言葉に符合する意味の異なります。
なので、会話が噛み合わないのです。

当然、こちらが理解できないのと同様に、向こう側も日本人の言葉の運用を理解できないでしょう。
「ナニイッテンダ、コイツ」は、異文化交流で日常なのです。


日本語と英語の誤差を埋めるには、言葉によって生起される記憶心象を修正するしかありません。
とはいっても、それは日本語の記憶心象を書き換えることを意味しません。
言葉の獲得を、英語圏の人たちと同じ知覚心象に基づきながら進めるのです。


3. 臨界期を過ぎた学習者は、「イメージ・スキーマ」を活用しよう

ここまでを、まとめます。

日本語経由の英語は、日本語の体験を移植できるため、なんとなくの理解がしやすいというメリットがあります。
しかし反面、日本語の記憶心象に制約を受けるため、英語から日本語を想起してしまう問題点があります。
そこで、学習の段階から、英語を英語世界の知覚心象に関連づけて学びましょうという提案です。

こう書くと、多くの人は「じゃあ、どうすれば英語と英語世界の経験を紐づけることができるの?それって海外じゃないと無理じゃね?」と考えるはずです。

この疑問に答えると、結論、ベストなのは海外です。
でも、日本でも不可能ではないため、実践可能な学習方法について解説します。


臨界期を過ぎても気にするな

人間は、1歳半で母国語以外の音韻への認知能力を失い、15歳になると第二言語獲得能力が大幅に低下します。
つまり、15歳までが一般的な言語獲得の臨界期となるわけです。

だからといって、第二言語習得を諦める必要はありません。
臨界期を15歳までとする研究は1980年のものであり、研究対象に技術的な操作群を含めていません。
つまり、自然環境下での条件です。
そうではなく、言語獲得のメカニズムと正しい習得法を実践しさえすれば、臨界期以降でも第二言語の習得は可能です。
実際に70歳から10ヶ国語を習得した系のおじいさんも、珍しくないですよね。

とはいっても、全てに言える通り、言語学習は、闇雲に取り組んでも成果は出ません。
最速で成果を出すには、学習の効率化を可能にする知識のインプットが必須です。
知識を意識しながら学習するかどうかで、同じ学習時間でも成果に差が出ます。

人間に備わる認知機能・イメージスキーマの活用

「日本英語を止めろ」というと、「母国語を経由せずに第二言語は習得できない!」という批判が返ってきそうです。
でももし、母国語への翻訳以外で言語習得が不可能なら、幼児は母国語を獲得できないことになります。
それでも幼児が母国語を獲得できるのは、人間に備わる認知機能が働くからです。

あなたは、日本語を使えます。
ということは、あなたにもその認知機能が備わっています。
それをフルに活用することで、臨界期以降での第二言語の習得が可能になるのです。

この認知機能のことを、認知言語学の用語で「イメージ・スキーマ」と呼びます。
認知言語学は、人間の認識は全て、身体的経験に由来すると考えます。
身体的感覚の入り口は知覚器官であり、知覚器官を介さない認識は存在しません。

ということは、言語も知覚器官の働きに規定されます。

典型的なのが、「上・下」、「左・右」、「前・後」といった場所や方向を表す言葉です。
これは、知覚器官(=目・耳・鼻・口)に対応する対象の位置によって、「上・下」「左・右」「前・後」が決定されます。
例えば、知覚器官が付いている方を「前」、付いていない方を「後ろ」、体の片目や片耳に対応する方向が「左」や「右」。
また、知覚器官の集まる顔を基準に、近い方向を「上」、遠い方向を「下」というふうにですね。

そして、このイメージは、図で書き表すことができます。
人間の基準から、前後左右、上下の方向に矢印を書く感覚ですね。

この要領で、万物の現象(変化)は、特定のパターンに従って進行することを示す図で表すことができます。
この考え方が「イメージ・スキーマ」です。
イメージ・スキーマを用いることで、言語使用以前の普遍的な人間の認識の過程を規則付けることができます。
そのことで、多言語の橋渡しに役立つとされています。

「イメージ・スキーマ」は、ロジャーシャンクの1975年の概略的意味理解の研究を機に開始された研究です。
シャンク氏は、文章の概略的理解のパターンとして11種類の型を発見しました。
これを機に類似の研究が開始され、研究の対象は、言語使用の際に材料となる外界変化の認識パターンにまで拡大します。
1992年には、マンドラーによって18種類のイメージ・スキーマの図式が提案されました。


例えば、動詞群を用意します。
そして、それぞれの単語に付随する意味を検討します。
すると、無秩序な単語間に、動詞が外界へもたらす変化によって一定の規則を発見できます。
例えば、「投げる」と「走る」は、異なる動詞ですが、という部分を共有しています。
この共通部分が、イメージスキーマの分類基準です。
この共通部分を軸に、「投げる」と「走る」は、「」という同一のイメージスキーマへと抽象化できます。

このような容量で、概念や名詞など、地球上のあらゆる現象を研究していった結果、現象の変化はごく少数の図像で表せることが判明しました。
研究者によってイメージ・スキーマの数は異なりますが、20種類以下という見解では、ほぼ一致しています。
つまり、イメージスキーマによる認識によって形成される言語も、20種類以下のイメージ・スキーマで捉えることができるわけです。

実際の言語獲得にあたっては、まず20種類以下のイメージ・スキーマが大分類の役目を果たします。
続いて、各分類の中で、入力された情報から強度・速度・脈絡・ヒト・動物といった情報が抽出され、入力された単語情報(ラベル)ごとに小分類に振り分けられます。
このような単語情報の貯蔵庫は、側頭葉に所在が確認されています。
また実験により、脳内に概念地図が形成されると、語彙獲得速度が飛躍的に上昇することも明らかになっています。

言語獲得とは、記憶心象を単語のラベルと結びつけていくプロセスです。
ラベリングにあたっては、「記憶心象の形成」と「単語の名前の入力」の両方が欠かせません。
この言語獲得における「記憶心象の形成」の役目に、知覚心象の補助という仕方で、イメージ・スキーマが関与しているのです。

このイメージスキーマの機能は、年齢に関係なく維持されます。
つまり、いかに日本語を介在させずに英語と記憶心象を結びつけるか?という課題においても、キーとなる認知機能です。

とはいっても、学者の作成したイメージスキーマの図を、英単語のように丸暗記する必要はありません。
「言語を超えた認知機能が、自分には備わっている」という自覚を持つだけでOKです。
イメージスキーマが備わっていることへの自覚ができると、「英語や日本語を介さずとも、現象の変化の意味を理解できる」と自信が湧きます。
その自信は、英語圏での体験行動を後押ししてくれます。

何度も繰り返す通り、英語学習とは、英語と知覚のバインディングのプロセスであり、英語圏での知覚体験の最大化課題と言い換えることができます。
その体験行動を支える自信を持つことがまず大事です。
そして、イメージスキーマ概念は、行動を促す自信をさらに下から支える土台の認知機能です。
だからこそ、イメージスキーマ概念への理解を完了させておくことが大事なのです。


おまけ : ミラーニューロン

イメージ・スキーマ以外にも、言語獲得以前に備わる認知機能が知られています。
それがミラーニューロンです。

人間は構文の内容を、動詞を中心に理解します。
動詞を中心に、各要素がΘ役割を付与することで、全体の構文理解が成立します。
これは知覚においても同様であり、つまり知覚において最も大事なのは、現象から動詞句を抜き出すプロセスです。

これを実現する脳機能がミラーニューロンです。

ミラーニューロンは、自分の行動時と同じように、相手が行動しているのを見た時にも反応する神経細胞群のことです。
相手の行動といっても、同種間でのみ活動する神経群なので、自然現象や動物の行動には、反応しません。
また対象が人間でも、映像の場合には、ごく僅かしか活動しません。

しかし、現実の人間同士の関係であれば、ミラーニューロンが動詞句の抜き出しを実現してくれます。
例えば、あくびがうつるといった現象も、ミラーニューロンのなせる技です。
動詞句の知覚が完了すれば、あとは頭頂葉が「誰を」、側頭葉が「何を」といった情報を自動的に付与し、現象の意味を整合的に理解してくれます。
奇しくも、人間の言語機能を司るブローカ野にも、ミラーニューロンの所在が知られています。
言語機能を司る部位が、相手の行動の意味を写像すると同時に、言語(音韻)的なラベルが与えられることで、語彙獲得が成立します。
つまり、ミラーニューロンの働きは、イメージスキーマによる分類と並んで、知覚心象の形成に役立ってくれます。

記憶心象と単語のダイレクトな関連づけに成功すれば、「英語 → 日本語 → 理解」の処理負担の問題からも解放されます。

このミラーニューロンが機能する条件は、相手の行動を見るだけです。
なので、日本語を駆使するあなたなら、イメージ・スキーマと同様に確実に備わっています。
このミラーニューロンの機能も、英語圏での行動を後押しする自信の材料にしてしまいましょう。

メモをするときの注意点1つ

「メモをしさえすればOK」と考えてないですか?

最近はブログ系インフルエンサーの指導もあってメモに注目が集まっていますよね。
本当にメモは大事です。
でも、漠然としたメモでは、保存した情報を活用できません。

せっかくメモをするのだから、効率よく活用したいですよね。
本記事では、メモの試行錯誤歴8年近くになる私が、効率的なメモの方法について解説します。
本記事を読む事で、メモの有効性が上がるでしょう。

1. メモは、分類が大事

分類されていないメモについて考えましょう。

雑多な情報が無規則に散らばっているファイルのような状態です。
メモを見返すということは、何らかの目的があって、ファイルを開くということです。
メモを開く目的には、次の2つが考えられます。

①過去に保存した情報へのアクセス
②過去に保存した情報を習得したい

①の目的は、アプリケーションの検索機能で一発ですね。
しかし、②の目的となると、分類されていないメモではほぼ不可能です。

なぜなら、情報が整理されていないからです。

2. 人間の語彙獲得は、分類から始まる

「情報の習得には、分類が大事」
このことは、幼児の語彙獲得のメカニズムを見ることで理解できます。

幼児は、生後12-18ヶ月に差し掛かるまで語彙を持ちません。
しかし、生後18ヶ月ごろに現れる「ある行動」と同時に、語彙爆発が開始されます。

その行動こそが「分類」なのです。
生後12ヶ月未満の幼児は、物の分類を行えません。
しかし、生後12ヶ月ごろから物の分類分けを開始し、生後18ヶ月ごろには目の前の物体群を秩序立ったグループ別に配置する行動を示します。

この分類行動が語彙爆発と同期するのです。
つまり、知的体系の獲得と分類行動は、強い関連性を持つのです。

したがって、メモも分類されて初めて、習得の前提条件が整うのです。

3. メモのファイルを作ったら、最初に分類を作ろう

メモ用のファイルを作ったら、最初に大分類(カテゴリ)を作りましょう。
大分類を作ったら、メモの度に、どのカテゴリに配置するか選べますよね。
絶対にダメなのが、カテゴリ無しで、無差別に書き殴るメモです。

これでは、分類分けができないので、保存の役割は果たせても、習得の面で効率が落ちます。

例えばメモ用のフォルダを作ったら、すぐに「◯ブログ ◯健康 ◯科学 ◯エンタメ系 ◯文章術・・・ 」と、自分と関連性のあるカテゴリを振っていきましょう。
あとは、メモをする度に、適切なカテゴリに配置するだけです。

追加として、カテゴリ内のメモの個々にも個体番号を振ってやると、分類性が強まります。
個体番号と内容の関連づけが形成されるので、習得効率が上がりますよ。

それと、分類の整合的な並べ替えも大事です。


効率のよいメモ生活を送りましょう。

中央埋め込み文(複文)の処理負担を軽くする言語運用スキルに関する論文を読んだ

(参考 : http://sophials.sakura.ne.jp/slspr/27th/SULS27_Matsuyama.pdf
まず最初に、「埋め込み文」の中で「中央埋め込み文」が最も処理に要する負担が重いことをご存知ですか?
埋め込み文には、主に3つの種類があります。

1. 中央埋め込み文(複文) → 「Yを、Zを押したXが叩いた」
2. 左分岐文 → 「Zを押したXが、Yを叩いた」
3. 等位接続文(重文) → 「XがYを叩いて、Zを押した」

1.の中央埋め込み文の処理が複雑なのは、主語と述語の間に、「主語・述語構造」が埋め込まれているからです。
脳の構文解析機能(パーサー)が文章を理解するには、主語と述語の対応を理解しなければなりません。
しかし、上の文章だと、主語と述語の間に、名詞節の主語が登場するので、パーサーは混乱してしまいます。
この混乱が、処理負担の重さの正体です。

この中央埋め込み文は、日本語だけでなく英語にも登場します。
例えば、"The juice that the child spilled stained the rug."のような文章です。
この「中央埋め込み文を効率的に解読する方法はあるのか?」という問題提起に対して、著者の松山さんは「YES」と答えていました。


1. 意識的な言語的操作により、中央埋め込み文の処理を軽くできる

結論から言うと、中央埋め込み文の処理を軽くするテクニックは存在します。
それは、こちらが中央埋め込み文を発話/記述する側という制限付きですが、聴く側の時にも、処理を軽くするテクニックは存在します。
これらの技術を抽象化し繰り返し使うことで、小脳に作業記憶を留めることができます。

そうレベルに達すると、英会話のスキル向上が期待できます。
ぜひとも、上智大学の松山さんの論文と本記事を参考に「中央埋め込み文」の処理技術を身につけて帰ってください。

結論から言うと、主語と述語を隣接させることが大事です。


2. パーサーが、文章の構成を解析しやすいように語を配置する


中央埋め込み文は、次のような構造を持ちます。

「大谷選手が、アップトン選手から三振を奪ったグリンキー投手からホームランを打った。」

各単語に役割を振ってみます。

「大谷選手が(主節-主語)、アップトン選手から三振を奪った(名詞節-述語)グリンキー投手(名詞節-主語)から、ホームランを打った(主節-述語)。」

主節の主語と述語の間に、同じく主語と述語を持つ名詞句が挟まれています。
このような文章と対峙すると、脳の構文解析機能(パーサー)は、混乱してしまいます。
なぜなら、主節の主語と述語の対応を把握する前に、名詞節の主語-述語構文が始まってしまうからです。
パーサーの構文解釈が成立するには、主語-述語関係の把握が必須です。
しかし主語と述語の間に、入れ子構造で新しい主語-述語構造が入ると、処理負担が増えてしまうのです。
特に、構文的ワーキングメモリ(短期記憶)が欠かせません。
このことは、中央埋め込み文を処理するときには、特異的に「中前頭回」の活動が見られることによって裏付けられています。
なお、この中前頭回は、ブローカ野(下前頭回)の上部にある構文的ワーキングメモリの中枢だと考えられています。


一方、次のように書き換えると、処理負担は少なくなります。
「大谷選手が(主節-主語)ホームランを打った(主節-述語)グリンキー投手は、アップトン選手(名詞節-主語)から三振を奪っていた(名詞節-述語)」

違いは明らかです。
主節と名詞節ともに、主語と述語が隣接していますね。
パーサーが、主語-述語の対応関係を、文節の中ですぐに発見できるため、混乱なく意味を解釈できるのです。

以上は、自分が書き手の場合ですが、聴き手の場合の対処法も紹介されていました。

それは、以下の記述から推察できます。

「Marcus (1980), Berwick & Weinberg (1984), Hawkins (1990)などに よると、パーサーは、今処理が行われている句がどのような直接構成素構造をとるのかを、各々の直接構成素の詳細よりも先に大まかに処理する方が、計算に負担がかからないといった主張がなされている。」

つまり、文章が文型のどのパターンに該当するのかを判断する技能を磨きましょう。
例えば、主語の後に主語(や関係代名詞)が来た場合、瞬時に「入れ子構造だな、述語は後出しだから主語を記憶しておく必要がある」と無意識に反応できるように、脳の構文解読機能に処理技術を記憶させておくのです。
これは日頃のトレーニングなしには、実現不可能でしょう。
とはいえ、小脳に演算のパターンを記憶させれば、あとは意識的な操作なしに繰り出せるようになります。
なので、正しい方法で繰り返し練習することが、最短ルートです。

ちなみに、現代の英語の口語文において、中央埋め込み文が使われるケースは稀なようです。(関係代名詞含む)
それに万が一、口語の中央埋め込み文に遭遇して理解できなかった場合は、ちゃんと聞き返せば混乱は防げるでしょう。

3. 日本語はScrambling、英語はHeavy-NP shift

中央埋め込み文の処理を軽減する方法は、20世紀の時点で周知されていました。
その点に関して、参照した論文が画期的なのは、「日本語と英語以外の言語にも普遍的に、中央埋め込み文の処理負担を軽減する技法が存在する」という仮説を立てたことです。
実際に、アメリカ先住民のワッポ語やホピ語、ペルシャ語を検討して、仮説を支持するような結果が得られたようです。

とはいえ、多くの日本人が使用するのは、日本語と英語くらいでしょう。

したがって、本記事の結論として、中央埋め込み文の処理負担を軽減する言語運用スキルについて、日本語と英語の場合のみ述べておきます。

それは、以下の通りです。

1. 日本語 → Scrambling
2. 英語 → Heavy-NP Shift

なんども繰り返す通り、主語と述語の対応関係を明確にしましょうということです。

日本語のScrambling

日本語は、語順の制限が少ない言語です。
このことは、英語と比べると分かりやすいでしょう。
英語は、語順の規則が厳格です。

例えば、"I read a book yesterday."とはできても、"I yesterday a book read"とはできません。

しかし、日本語の場合は「昨日私は、本を読んだ。」でも「私は昨日、本を読んだ。」でも、意味が通じます。
「私は読んだんだ、本を、昨日ね」でも、伝わってくる言葉の内容は同じです。

このように、日本語は語順に明確な規則がなく、単語の配列の異なる文章が、だいたい同じ意味で通じてしまうのですね。(もちろん、文法規則が存在しないわけではない)

ちなみに、中国語も語順が厳格だそうです。

要するに日本語は、語順の制限が少ない、世界的にも特殊な言語だということです。
この特性を利用して、主語と述語をなるべく隣接させ、複雑な名詞句と区別するように記述しましょう。
そうすれば、解析の処理にかかる計算の負担を減らすことができます。
(例 : 昨日私は、東京で一番人気があると言われているケーキ屋でパフェを食べた。 → 昨日私がパフェを食べたケーキ屋は、東京で一番人気があると言われていた。)

英語のHeavy-NP Shift

訳は、「重い名詞節(NP : Noun Phrase)の移動」。

要するに、主語と述語の間に長々とした名詞節が入ると、読解が困難になります。
これは言語共通の特性です。
したがって、英語の場合でも、重い名詞句(Heavy-NP)が存在する場合は、名詞節を先頭か末尾に配置しましょう。
そうすると、主語-述語関係が明確になり読解が容易になります。

例えば、 "The man [who is from the city [which is famous for apples [which are delicious]]] has just arrived. "という構文があるとします。
[]以下の内容が名詞節です。
これを文章の端に移動してやりましょう。
すると、"The man has just arrived [who is from the city [which is famous for apples [which are delicious]]] "となり、文意を読み取りやすくなるのです。


「主語-述語の隣接する文章は、把握しやすい」
この傾向は、あらゆる言語に普遍です。

そして、通りやすい文章にアレンジするには、重い名詞節を文の端に移動させる操作も重要です。当然、日本語と英語に共通です。
これらは、英語習得の時間を短縮化しうる知識なので、ぜひ頭に入れておきましょう。

幼児の言語獲得モデルのシミュレーションに関する論文を読んだ

(参考 : https://www.jstage.jst.go.jp/article/janip/60/1/60_60.1.4/_pdf
我々は、英語を理解できるようになりたいと願います。

英語を理解でれば、外来の知識を取り入れることができます。
また、単一の価値観に行動を制約されるような事態も防げるでしょう。
ところが、日本人が英語を取得しようとする努力は、ほぼ失敗に終わります。

それはなぜでしょうか。
1つの原因は、構造の異なる2言語を同一の方法で学習していることです。
日本語の基本的な文法は、「主語、目的語、述語」。
しかし、英語は「主語、述語、目的語」です。

この違いへの認識が不十分だと、日本語を母語とする脳は、既知の「主語、目的語、述語」で英語を捉えようとします。
そうすると、英文理解が破綻します。
文章の読解なら、自分のペースで文法差を補えるでしょう。
しかし、聴解の場合は、英文の入力に内容把握が追いつかなくなって理解が挫折します。
こうしたエラーは、言語としての日本語と英語の差異に対する認識不足から生じるのです。

では、両者の差異を埋めて、2言語習得を目指すにはどうすればよいか?
まず最初にすべきは、言語を超えた人間の統語の仕組みについて理解を深めることでしょう。
統語の機構について知ることができれば、言語差を埋めるための適切な方法を編み出せるはずです。
その上でヒントになる論文を読んだのでまとめます。

内容を大雑把にいうなら、人間の統語、言語獲得のメカニズムについて。
構成は、大きく3部。

第一部は、文章に意味を与える時、脳はどのように活動しているか。
つまり、文章が人間の脳にどのような仕方で理解されるか。

第二部は、単語に伴う意味、つまり語彙獲得がどのようなプロセスに沿って進むか。
要するに、入力された単語に意味を付与するとき、脳のどのような領野が関与するか。
また、言語取得以前に欠かせない概念獲得のプロセスについても、シミュレーションされます。

第三部は、ミラーニューロンと言語獲得の関係。


1. 統語、言語獲得の脳内処理のシミュレーション

文章理解は、文章を構成する各単語へのΘ役割の付与が行われることで成立します。
Θ役割とは、動詞に紐づく「誰が、誰に、どこから、どこへ、場所、道具」といった一連の情報です。
これらの情報を、動詞に対して照合することで文意の把握が可能になります。
Θ役割の付与とはつまり、動詞以外の単語に適切な意味を与えていくプロセスのことです。

ここで注意すべきは、動詞以外の単語はopen classとclosed classの2種類に分かれることです。

◯open class・・・当てはまる語の数が膨大 → 名詞・形容詞
◯closed class・・・当てはまる語の数が少数 → 助詞・前置詞
この分類ごとに、脳内における情報の保管場所(入力された単語を適切な音素に変換する機能を担う)も異なります。
しかし、最終的には両方の情報が大脳基底核・尾状核で統合され、動詞に付与する各単語のΘ役割が決定されるのです。

このΘ役割の付与には、大きく3つのステップを経なければなりません。
まず最初に、BA44(ブローカ野・下前頭回弁蓋部)/6(前運動野・補足運 動野)で、視覚的に理解した概念とopen classの単語(名詞、形容詞)の紐付けを完了させている必要があります。
続いて、BA47(下前頭回)でclosed classの単語(助詞、前置詞)の意味を判断する処理が実行されます。
そして最後に、BA44/6とBA47の両方と接続する大脳基底核・尾状核で、BA44/6とBA47から送られてきた情報(単語と助詞・前置詞)を統合させることで、動詞以外の単語へのΘ役割の付与が可能になります。
この3段階を通過することで、動詞に付属する各単語の意味が決定され、文章全体を理解する条件が揃うのです。

中でも、Θ役割の付与において欠かせないのが、助詞の役割です。
例えば、「包丁」という単語単体では、鋭利な刃物が頭に浮かぶだけです。
「物体の名前(名詞)」だけでは、それが対象なのか道具なのか、判別できません。
しかし、助詞「で」が加わり「包丁で」となった瞬間に、「道具としての用法」を指しているのだと理解できます。

このように、各単語の意味の決定において、名詞・形容詞(open class)単体では不十分です。
必ず助詞・前置詞(closed class)が介入しなければ、文章は理解できないのです。(助詞は、日本語の場合)
つまり、英文の理解においても、「動詞を中心とする各単語へのΘ役割の付与」という段取りをふむ必要があることがわかりました。

とはいっても、そもそも言語が成立する背景には、概念や語彙の獲得が終了していなければなりません。
初めて見聞きするような単語だらけでは、文章を理解することはできないからです。
それでは、人間の脳は、言語に紐づく概念や言葉の記憶(語彙)を、どのような仕方で獲得するのでしょうか。

2. 語彙・概念の獲得

語彙獲得

語彙の獲得能力は、概念の特徴を理解しカテゴリ別に配置する能力と連動しています。
このことは、幼児の言語発達を見ることで理解できます。

幼児が生まれた時、言語の概念は存在していません。
それが「語彙爆発」として、爆発的な語彙獲得へと発展する時期が1歳6ヶ月頃です。

この1歳6ヶ月に到るまでの変化を辿れば、言語獲得に必要な条件とは何か?が明らかです。

◯生後12ヶ月まで・・・複数のカテゴリから成る物体群を見せられた時、1つのカテゴリに該当する物を手元に集める
◯生後15ヶ月ごろ・・・複数のカテゴリから成る物体群を見せられた時、カテゴリごとに該当する物を触っていく
◯生後18ヶ月ごろ・・・複数のカテゴリから成る物体群を見せられた時、全ての物体をカテゴリ別に配置する(語彙爆発)

特に、生後18ヶ月ごろに見られる上記の行動は、網羅的グループ化と呼ばれ、語彙爆発と同期することが知られています。

生後12〜18ヶ月以前の幼児には、ほとんど語彙が存在しません。
それが、生後18ヶ月になって概念の抽象化能力を獲得すると、語彙が爆発的に増加するのです。
つまり、この語彙爆発は、概念の抽象化能力を反映したものと考えられるのです。

実際に、論文の著者である乾氏らは、語彙獲得のメカニズムを明らかにすべく概念獲得のシミュレーションを行っています。
その結果、概念地図が作られると、語彙獲得の速度が有意に上昇することを明らかにしています。

概念の獲得

また、この概念地図と関わってくるのがイメージスキーマです。
イメージスキーマとは、最小の情報量で概念を分析するための枠組みのことを指します。
このイメージスキーマに関係する研究が3つ紹介されていました。
現在では、人間は対象を認識する上で、類似する20種類以下の概念パターンに当てはめて、物事を理解していることが判明しています。

◯Schank(1975)・・・・文意の把握の研究。人間は11種類以下の概念パターンに当てはめて文意を理解している
◯Mandler・・・乳児のイメージスキーマの研究。乳児は、外界の事物の関係性を15種類の概念パターンに当てはめて認識している。
◯ルネ・トム・・・文章で表現される状態の変化のパターンを研究。18種類以下の型に整理。

以上のように、人間は概念を理解するための簡易的な概念の型のパターンを20種類以下持っており、概念地図の作成においても重要な役割を持つことが示唆されています。

イメージによる理解

人間が概念を獲得する契機は、直接の体験に限りません。
我々は「イメージ」によって未体験の概念を推論できるからこそ、実際に体験した量よりも多くの概念を獲得することができるのです。

このイメージの脳内機構を解き明かすべく、論文の著者である乾氏らは推論に関わる脳内処理を探る実験を行っています。
その結果、推論課題の際には、実際の運動や視覚認識はないにも関わらず、運動や視覚に関わる脳領域が活動していることが確認されました。
つまり、人間が推論課題を行う際は、空間的なイメージを生成し、操作することで、課題解決を図っていることが分かりました。
イメージに関わる像は、頭頂皮質や視覚野において生成され、前頭前野で操作されていると考えられています。

視点変換

文章の理解に必須な技能の1つが、視点変化です。
文章がAという主語を中心に展開されつつも、終始Aのまま終わるとは限りません。
どこかで切り替わる可能性が高いでしょう。
この時、文章の視点(主語)の切り替えの機能を担っていると考えられるのが、右BA9(背外側前頭前野)であることが実験により確かめられたそうです。

複文の処理

文章には、埋め込み構造を持つものがあります。
特に英語は日本語には少ない関係代名詞によって、名詞を後ろから修飾することが多いです。
これらを「埋め込み文」といいますが、その種類は3つが紹介されています。
1、中心埋め込み文・・・「YをZをおしたXが叩いた」
2、左分岐文・・・「YをおしたXがZをおした」
3、等位接続文・・・「XがYをたたいてZをおした」
これらの中でも、最も処理コストが大きいのが「中心埋め込み文」であることが別の実験から明らかになっています。
この処理コストの大きさを反映してか、中央埋め込み分の処理時には、左分岐文や等位接続文の処理には関与しない領域が活動しています。
それは、中前頭回(BA9を含む)です。
中前頭回は、ブローカ野の下前頭回の上部に位置する領域で、構文的ワーキングメモリ(短期記憶)を担っていることが考えられます。

3. ミラーニューロンと言語獲得の関わり

他人が梅干しを食べている様子を見ると、こちらまで酸っぱく感じる。
この現象は、ミラーニューロンの機構そのものです。
ミラーニューロンとは、自分が特定の動作するときにも、他人が同じ動作をするのを見たときにも発火する神経細胞群のことです。
このミラーニューロンが働くことで、梅干しを食べている他人が感じる「酸っぱい」をあたかも自分の行為であるかのように感じるのです。
自分自身の行為と照合することで、他者の行動を理解しているのです。

また、このミラーニューロンは視覚だけでなく聴覚にも応答することが分かっています。
つまり、相手の行為を見るという視覚情報だけでなく、行為に伴う音を聴いた時にも反応するミラーニューロンの存在が明らかになっています。
例えば、他人が氷を噛み砕く音を聞いた時、自分の体験ではないにも関わらず「冷たい」感覚が湧き上がるのも、聴覚性ミラーニューロンの働きのためです。

実は、このミラーニューロンは、人間特有の神経系ではありません。
人類に近いマカクザルのF5領域にも、ミラーニューロンが発見されています。
このF5領域は、人間のブローカ野に相当する領域です。
とはいえ、マカクザルのF5領域は、人間のブローカ野ほどに高度でないため、言語機能は発達していません。
しかしながら、ブローカ野へと進化するF5領域において、ミラーニューロンが発見されたことは、人類の言語進化を考える上で重要な意義を持ちます。

この事実を踏まえて、乾氏は、人間の言語機能の発達にミラーニューロンが及ぼす影響を提起しています。
それは、動詞や概念の理解において、他人の動作や音の入力が役立っているという仮説です。
つまりミラーニューロンは、視覚性および聴覚性の入力によって概念の見た感じの理解を可能にし、これに親からの言語的説明が加わることで、動詞や概念の獲得を支えるのです。

ミラーニューロンによる統語において不足する情報を補う領域

ミラーニューロンは、動作を自己の行動と照合して理解する機構です。
動作そのものを符合する情報なので、動作の主体、対象といった情報は含まれていません。
つまり、他者の行動の意味を認識するには、ミラーニューロンだけでは不十分で、別の機構が介在しなければなりません。
そこで関わってくるのが、主語および、目的語の情報です。
これらは、それぞれ頭頂葉(島および後部頭頂皮質)と下側頭葉が管理します。

ミラーニューロンを介する動詞の情報に、これら主体・目的語の情報がバインディングされることで、他者の行動の意味を認識することが可能になるのです。

第1章では、文章理解における、動詞へのΘ役割の付与を説明しました。
対し、第3章のミラーニューロンを介したΘ役割の付与では、現実の他者行動を視覚認識した時における、Θ役割の付与の仕方が説明されています。
概念形成は物理世界での経験に依存し、文章理解に先行するため、人間が外界を理解する際のより原初的な処理回路と見て間違いありません。

英語に多い複文理解時の脳内機構

英語には、関係代名詞や接続詞といった、複数のSVO構文(主節、従属節)が連なって成立する文章が多いです。
日本語には少ない、複文の理解は、どのような原理に従って行われるのでしょうか。
ここで欠かせないのがBA9(前頭前野背外側部)の機能です。
右BA9は、文章の視点の切り替えを担う領野でした。
対し左BA9は、主節や従属節の切り替えを担う領域だと仮定されています。
これら左右のBA9野は、ブローカ野の上部に位置する中前頭回に該当し、文章のワーキングメモリ(短期記憶の貯蔵庫)を保管する場所と考えられています。

このBA9に蓄えられた複文の節情報が同期することで、文章全体の理解が可能になるのだと提起されていました。

  • 最後に-

文章理解においても、他者の行動理解においても、中心となるのは動詞でした。
この動詞に各単語情報がΘ役割として符合することで、文章理解が成立します。
なお、動詞の原初的理解や概念としての記憶は、幼児の言語獲得からミラーニューロンに依存している可能性が高く、その点からも、特定の外国語を母語とする人との物理的な接触が重要だと感じられました。

田舎の一軒家で高齢者の嫌がらせに遭遇して学んだこと

閑散な地方都市の住宅街。
集合住宅地の一軒家で一人暮らしを始めた私を待っていたのは、隣人からの監視でした。

それも監視だけなら許せるものの、迷惑隣人の中には、生活に対する干渉や、嫌がらせを実行してくる人もいます。
そのような被害から身を守るために、最初から田舎の郊外に住むのは止めたほうがいい、というのが私の意見です。
なぜなら、どんなに付き合い上手な人でも疲弊し、本業のパフォーマンスが低下するからです。

しかし、現在すでに近所からの嫌がらせに悩んでいる人も多いでしょう。
そこで、「隣人との争いによる疲弊が苦痛でたまらない」という人に向けて、地方都市の一軒家に住み始めて1年の僕の経験をシェアします。

結論 : 永住しないなら、戦いましょう。


1. 田舎は近所の監視が激しいので息苦しい

田舎は人の流動性が低いので、昔からの近所づきあいのようなものが根付いています。
近所の空き家に人が住み始めたら、集団で関心を持ち、監視が開始されます。

とはいえ、見られている、という感覚は悪いことばかりではありません。
新しい土地での孤独が薄れることもあるからです。

しかし問題なのは、赤の他人に特定の基準を強制してくることです。
要するに、村ルールですね。

その村ルールが、コミュニティの存続のために全員を高めるものであるなら、まだ許せるでしょう。
でも、村ルールの原則は、高確率で高齢者の感情を満たすの同調圧力です。
例えば、全力で上を目指して努力していたり、高齢者の世代に許されなかった時代の恩恵を得ている若者がいたとしましょう。
その若者から反撃の危険性が感じ取られなかった場合、相手に対する嫉妬心が嫌がらせとして発揮されてしまうようです。

具体的には、努力の妨害や楽しい時間の破壊を目的に、故意の騒音を起こしたりですね。
ただし、仮にそのような攻撃を受けても、相手の行為は不当なので屈する必要はありません。
高齢者が「嫌がらせを辞めざるを得なくなる」まで戦うべきです。(永住を決意している方は、安直に戦いに持ち込むべきではないです)

2. 戦の心構え

戦い方の心構えについて説明します。

高齢者からの嫌がらせには反撃しろ

「いつか止めてくれるだろう」「相手と同じ土俵に落ちる必要はない」
そう開き直って、相手の犯行に知らぬ存ぜぬを実行するのは勧めません。

なぜなら、嫌がらせに味をしめた高齢者は、抵抗しないあなたを格好の獲物だと認識して、襲いかかってくるからです。
さらに人間関係は第一印象で決まるので、一度獲物と認識されると後がやっかいです。

「相手と同じ土俵に落ちる必要はない」という思考は崇高ですが、その家から離れない限り、相手の嫌がらせは貴方の足を引っ張り続けます。
その家で充実した日々を過ごしたいのであれば、戦うしか手はありません。


暴力はダメ絶対

「高齢者との戦い」というと、色々な戦い方が浮かびますよね。

絶対にダメなのが暴力に訴える解決策です。
暴力とは、殴る蹴るといった暴行だけでなく、暴言も含みます。
この戦い方は、被害者であるはずの貴方が犯罪者となるので厳禁です。
訴訟を起こされれば、賠償金の支払義務も生じます。

思えば、暴力に暴力で返す「私闘」は、絶対王政の時代に否定された発想でした。
では、私闘に代替する刑法のシステムとして何が導入されたか?
ここに、対高齢者戦の攻略法が隠れています。

それは、国家による暴力(司法制度)です。
私闘を許せば治安悪化に収拾がつかなくなるので、国家が一元的に罪を裁くシステムが誕生したのです。

そもそも、物理的であれ精神的であれ、他人の私権の領域に踏み込む行為は、あらゆる個人が持つプライバシーの侵害行為です。
つまり、法律違反なので、証拠を突き止めて裁判所で認められれば、賠償金を勝ち取ることができます。

この路線で戦いましょう。

あるいは、訴訟まで至らずとも、証拠を握ろうとする行動が相手の恐怖心を引き出し、嫌がらせに対する抑止力として働く効果を期待できます。

したがって、最初にすべきは、こちらは法律で戦うという相手への意思表示ですね。

その際に課題となるのは、明確な証拠を残すことです。
訴訟に際しては、答弁では説得力に欠けるので、明示的な証拠の記録が必須です。


汝、敵を知れ

とはいえ、踏みとどまってしまう人も多いでしょう。
なぜなら、訴訟は、時間的にも体力的にも大きく消耗する行為だからです。

そこで、法律以外の方法で高齢者の嫌がらせを止めさせる方法を1つ紹介します。

それは「相手の弱点を突く」です。

「汝、敵を知れ」
これは、古代中国の戦国時代に誕生した戦略思想です。
過酷な環境から抽象された原則だけに、その効果は抜群で、戦争から恋愛まで、あらゆる戦いに応用が効きます。

となると当然、隣人との戦いにも効果を発揮してくれます。

要するに、こちらも相手の情報を掴みましょう。
職業、経済状況、家族、交友関係などを確認し、落ち度があれば、容赦無くそこを狙うのです。
例えば、定年後も働いている高齢者なら、相手の勤務先を突き止めて、上司に被害を相談するのです。

高圧的に攻撃を仕掛けてくる高齢者は権威に弱いです。
なので、在籍する職場の上司の命令であれば、従って止める可能性が高いです。
ただし、相手からの言い逃れを回避するために、相手からの被害を客観的に話すよう心がけましょう。誹謗中傷を含むと問題がこじれかねません。

では、「どうやって相手の情報を握るか」が問題です。
これは、相手の家の周りを偵察すると、発見が多いはずです。
標識、車、庭の中、用具の質などをくまなくチェックして、相手の属性を割り出しましょう。


3. 近所と戦うための武器

とはいえ、相手の人間関係に立ち入りすぎると、逆に恨みを買いかねません。
町内会を敵に回すと、一気に敵が増え、形勢が不利に傾きます。
ですから、正攻法はやはり、法律に基づいて戦うことです。

これには証拠を握るプロセスが必須です。
具体的には、相手の犯行エリアが映る場所に監視カメラをつけましょう。

こうすることで、相手の犯行が記録に残りますし、「撮られている」という感覚が相手の嫌がらせに対する抑止力になります。

監視カメラと書くと、「相手から盗撮だと訴えられそう」と考える人も多いかもしれません。

でも問題ありません。
合法・非合法の境目は、撮影した映像の使途で決まるのです。
具体的には、「肖像権の侵害」は、撮影した映像を第三者に無断で譲渡したり商用利用しない限りは、違反に該当しません。
実際に、町中に張り巡らされている監視カメラも、行政による治安維持行動の一環だからこそ合法なのです。
あなたの防犯活動も原理は同じなので合法です。心配せずに監視カメラを設置しましょう。

よほど心配なら、設置の前に、警察への相談で、警察の側に被害の存在を記録させておくと良いです。
こうすれば、相手から警察への訴えが起きても、警察は監視カメラ設置の意図を「防犯行為の一環」と理解できますよね。


【結論】
相手の犯罪行為に、貴方が我慢する必要はありません。
犯罪には法律で、適切に対抗しましょう。

以上、田舎の住宅地で起こりがちな高齢者からの嫌がらせ対策について説明しました。
参考になれば幸いです。

日本人の国民性を韓国語で説明する

日本人の国民性はポジティブに語られることが多いですが、光あるところに影はできます。
今回は、日本人の国民性をややネガティブに、韓国の諺を借りて表現したいと思います。

1. 「川に落ちた犬は、陸に上げるな」

要するに、日本人は失敗した人間を「失敗者」に位置付けた後は、永久にその地位に留めようとする傾向がありますよね。
という話。

最初に断っておくと、上記の表現は、韓国語というよりも韓国に伝わる有名な諺をモチーフにしています。
韓国の有名な諺に「川に落ちた犬は棒で叩け」というものがあります。
これは、「ライバルが弱っている時がチャンスだから、追撃してぶちのめせ」という意味です。

まあ中国の戦国時代にできた言葉の援用なので強烈です。
それが常識と化している韓国も、なかなかのものですね。

では、川に落ちた犬を日本人が発見したら、どのような行動に出るのでしょうか?

2. 転落した人を救うのではなく下の位置に留めようとする

最初に少し。
犬とは、当然、人の例えです。
続く「川に落ちた」とは、身内に該当しない赤の他人の失敗を指します。

こうした失敗した他人に対して、日本人はどのような行動に出るのでしょうか?

たいてい、下のままに留めようとしますよね。
なぜなら、上下関係を決めたがる日本人は、自分の地位を確立するために攻撃できる他者を必要とするからです。
こうした失敗者は、普通の日本人が攻撃できる他者として格好の存在なのです。

川に落ちた犬が全力で陸に上がろうと努力をしても、陸に上がろうとする犬の手を振りほどくなどの嫌がらせで妨害するでしょうね。
もちろん、なかなか表面化はしません。

3. 日本人のスパイト傾向は学術的に証明済み

こう書くと「日本人をネガティブに見過ぎ、日本で嫌なことをされたのか、お前は外国人か」といった批判が返ってきそうです。
でも、日本人の意地悪さは、とある研究結果により証明済みの事実なのです。

女は笑顔で殴る。女の笑顔を信じるな。

女性の笑顔は、人生で最も美しい現象の1つです。

これが自分に向けられた時、多くの若い男性は相手からの好意を連想して、浮かれてしまうのではないでしょうか?
でもそれは、結構な確率で騙されてます。

女性関連で手痛い思いをしたくないのであれば、女性の笑顔を正しく理解しましょう。

1. 女の笑顔を額面通り信じるな

女の笑顔を、示されるがままに「好意の表現」と捉えてしまう人は、できるだけ早く修正した方が良いです。
なぜなら、女性は常に、功利的な利害を計算して表情を使い分けるからです。
笑顔も表情の一つであり、男性を都合よく扱いたい時に発する表情でもあるんですよ。
女性の笑顔を、ありのままに好意と解釈するのは、「男性を都合よく扱いたい」女性の動機にみすみす乗るようなものです。
男だからといって、女性の利己主義のために尽くさなけばならない義務なんてないですよね。

2. 女の笑顔は、好意を表現していないことが多い

女性は組織内の社会関係で生死が決まります。
よって相手に与える印象を厳密にコントロールしようとします。
周囲に与える影響は、良好なほど都合が良いので、自身のイメージをポジティブに誘導することが、彼女たちの基本的な行動の目的です。

したがって、言動を巧みに使い分けるのです。
例えば、笑顔を向けた男性が、女性に勘違いをしたとします。
勘違いした男性は、自身に好意を返そうと、女性に好意的な態度を返しました。
現象の一部始終を見ている人は稀なので、多くの人から見れば男性が一方的に「求愛」を行なっているように見えます。
これが起きると、集団内で「求愛された」女性の価値が高まります。(需給の原理によって)
なので、女性は勘違いしてくれそうな男性を見つけると、本当は好意がなくとも、表向き笑顔を見せつける習性があるのです。

3. 女は笑顔で喧嘩する生き物

こういうと、「お前は女をネガティブに見過ぎだ、お前の経験が世界の全てじゃないよ」と反論する声が出てきそうです。
でも、「女は笑顔で喧嘩する」というのは、ほぼ一般原則ですよね。
ほとんどの女性は、集団内でのイメージが世界の全てなので、周囲に戦っている姿を見せたくないのです。
こうした動機を背景に、笑顔で楽しそうに会話している裏で、遠回しにブスブス差し合ってる図が生まれてくるのですね。

この傾向は、当然男性に対しても発揮されるので、笑顔を示す相手を実は嫌悪している、見下している、といった現象は日常的に起こります。

女性の行動には、二面性を想定しましょう。
表向きの態度をあるがままに解釈してしまうと、大きな落とし穴にハマる日が絶対に来ます。

日本の女に騙されるな

1. いい加減、女の正体が暴かれるべき

アニメやゲームのストーリーでは、必ず美しい心を持つ女性が登場します。
例えば、ファイナルファンタジー4のアンナ(やや脇役ですが)なんかが典型的です。

「あなたは私を愛してくれたわ。 今度はその愛を全ての人に・・・・」

本音でこんな思考をする女なんていないということです。
むしろ真逆に、女とは利己的で打算的な生き物です。
仮に「女の理想」という現実があれば、それに従うのではなく、理想に染まったフリをして、無警戒な男を好き放題に搾取します。

自分の経験を振り返っても、社会的には美しく自己を装飾しながら、裏でエゲツなく理不尽に振る舞うのが彼女たちでした。
あなたも、「衆目が及んでいる時とそうでない時とで、別人に変貌する女性」を見たことがないですか?
特に、「女性の理想」という先入観に毒されがちな10代や20代前半の若いうちは、その手の女性に翻弄されがちです。
そんな男性に対し、隙あらばと、容赦無く搾取してくるのが女性という生き物なのです。

そんな悪質な女性の餌食になって、10代、20代前半の青春時代を棒に振ることだけは、なんとしてでも避けるべきです。
そこで、警告が必須だと思い執筆することを決めました。

本記事では下記のテーマで話します。
「女の正体とは?」「女の正体が露呈するのはどのような場面か?」、「打算的な女から身を守るための防御策とは」

本記事を読むメリットとしては、恋愛の打率が改善すると思います。
なぜなら、「女性の好意の基準」を示すバロメーターを教えるからです。
この基準に倣えば、女性に都合よく利用されるような関係性を防ぎ、効果的なヒットを打つためのヒントが得られるでしょう。
いきなりイチロー選手のような高打率を発揮することは難しいかもしれません。それでも、「空振り三振」や「見逃し三振」の数は確実に減るはずです。


2. 女の正体とは

おそらく、世間で女性を批判すれば「女性蔑視だ」と反発を受けます。
例えば、次のような反論です。
「女性はみんなに優しい」「女性は弱者を慈しむ」「女性の笑顔は美しい」

そんな人に問いたいのですが、女性の行動の動機を確かめていますか?

人間のあらゆる行動には、目的があります。
人間には、根源的な欲求があって、それを満たすための解決策が「行動」だからです。

女性は誰にでも優しく接する傾向があります。
つまり、本当は好きでもない相手に、建前的な態度を取る能力に長けています。
この八方美人的な態度の動機については、「敵を作らないため」と捉えられがちです。
本当にそれだけなのでしょうか?
女性が周囲に対して「優しい」態度を取る理由は何か?について考えて欲しいのです。


具体的には、「慈愛的な行動を取った後に要求をしていないか?」、「衆目の及んでいない場所で対峙しても同様の行動を取るか?」
そういった視点で女性を眺めると、女性に肯定的な男性も、また違った印象を持つのではないでしょうか。

少なくとも、女性が本当に美しい存在であるなら、地球上のほとんどの文明圏が男尊女卑で統一されるようなことはなかったはずです。


3. 女は惚れた男にだけGIVEをする生き物

女は基本、ギブをしません。
ギブ&テイクは常識です。つまり、もしあなたが誰かから与えられたなら、(何割かは)返さなければなりません。
しかし、女性にこの常識は、ほぼ通用しません。
なぜなら、女性は選ぶ側の性だからです。
文明論的な「ギブ&テイク」は理性の話であり、「女性はテイクだけでいい」はより深層にある本能の議論なのです。
理性は本能に勝てないのです。

ところが、この原則を破って、女性に「ギブ&テイク」を行わせる男が存在します。
それも、女性からの自発的なギブを勝ち取ったりします。
しかも、そのギブはテイクを前提としない「無償の愛」に近い次元のギブであることが多い。

その存在とは何か。

それは「女性が惚れた男」なのです。
いわば、女性の好意の水準は、女性が男性のギブに対する反応に表れます。
男性のギブに対する返報が0なら、女性の好意も0である可能性が高いです。
これが50なり100なり、高ければ高いほど女性の好意のレベルも上がってきます。
最高レベルは、女性から自発的にギブが行われ、かつその返報を求めない「無償の愛」です。
これを受けた男性は、心底惚れられているなと安心してOKでしょう。

一方、ギブをしても女性から返報がないという男性は、好意を受けていない証拠として、頑張ってみるなり、損切りをするなり、とにかく行動を改めましょう。

女の嘘は「1 : 10」の原理で見抜け

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「女は嘘をつく」

すでに常識と化したワードです。
ところが、その意味を正しく解釈できている人は、おそらく男性の50%もいません。

「嘘」を漠然と解釈すると、男から言葉巧みに金銭を騙し取ったり、詐欺に貶める女のイメージが浮かびます。
象徴的な例が、「首都圏連続不審死事件」の木嶋佳苗あたりですが、あのレベルは筋金入りの犯罪者です。
そうではなく、私の指摘する悪徳はもっと広く一般的に女性に備わるものです。

とはいえ、生来の悪徳は仕方ありません。
男性にはない生理循環の影響もあるでしょう。
問題なのは、女性が自身の悪徳を自己正当化し、その行使が黙認される現状です。
例えば、「男心をくすぐる小悪魔テクニック」。
要するに、嘘を弄して男から騙し取る技術のことですよね?
それが「モテるテクニック」だのと一般的な女性の価値観として浸透しているわけです。
このように、男性が女性を騙せば袋叩きになるのに、女性においては黙認されるのが現状です。

日本社会は男性の力がすっかり失われていますが、その裏にある女性不信の影響は見逃せません。
自分のように、女性美化の価値観で生きてきた男も、20後半をすぎると、その虚構性に気づきます。
それでは遅いのです。

「啓典」を持つ西洋やイスラム圏では、聖典が女性の危険性を警告しています。
ゆえに対処法が生まれ、男女平等の理想(女性が能力を身に付けることの肯定)、女性抑圧といった制度的対策が打つことができ、男性の失敗リスクは大きく防がれます。
これは、当該圏の先人が遺した警句の恩恵といえるでしょう。

いっぽう、聖典がない日本では、女性の危険性に対する警句が不足しています。
ゆえに女性の悪意が野放しのまま社会をうごめいています。

そしてやっかいなのは、女性の悪意は、見かけ上の言動から察知しにくい点です。
表面上の態度は大らかでも、裏では「男をどう利用すれば利益が大きいか」を常に計算するのが女です。
温室育ちの中には、彼女らの笑顔をそのまま好意と捉えてしまう男も多いはず。
しかし、「1与えて10を奪う」。それが女です。

さしあたり、本記事は、日本版聖書の一端という意識を持ちながら執筆します。
次世代に生まれてくる「俺に似た男」に向けて警鐘を鳴らせたなら幸いです。
目が覚めていない人は、どうか一刻も早く覚醒して、女に足を引っ張られることなく効果的に人生を進めてください。


1. 女の行動原理は、「1GIVE、10TAKE」

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全員が「10GIVE、1TAKE」を心がければ、社会に活気が溢れると思いませんか?

提供した側は、10与える見返りに1の報酬を受け取ります。
1では少なすぎるので、5でも8でも構いません。
要するに、GIVEの方が大きければ、与えられた側に返報性が起こるので、周囲に良好な連鎖が広がっていくのです。
わりと、男性にはそのタイプの人が多いと思います。

ところが、「1GIVE、10TAKE」をやってしまうのが女性という人々です。
象徴的な発想が「女性は奢られて当たり前」「女に奢らない男はダサい」という言葉ですね。
これは女の「1GIVE、10TAKE」を補強する教義に等しく、歪んだ価値観を縦に女性は男性に要求を続けます。


女性の「1GIVE、10TAKE」が生まれる理由

なぜ女性はTAKER(テイクばかりする人)なのでしょうか。

この疑問に答えてくれるのが次の言葉です。
「人類最古の職業は女性は売春、男性は傭兵」

つまり、古代人の男は生産の成果物を生活の糧とし、女は男が生み出した成果物への依存を糧としたのです。

よく言われるように、一飛び足で進歩する文明とは裏腹に、人間の脳構造は古代から変化がありません。
したがって、現代人の行動も原初的な性差に大きく支配されます。

女性が担ってきた「売春」労働の本質は、性と価値の交換。
この交換に絶対的な基準はないものの、絶対的な原則はあります。
つまり、あらゆる職業の前提である「投下利潤の最大化」です。
言い換えるなら「多く男に払わせる力」が女性としての能力の尺度として機能してきたのです。

女性の提供価値は生殖ですが、これでは他の個体との競争力が生まれません。
そこで、女性の容姿や内面、生まれといった要素が不可価値となります。
容姿や生まれは、生得の影響に大きく依存しますが、内面や態度といった要素は操作可能です。
実際に、古代から流行の先取りは女性特有の気質でしたし、現代女性も「小悪魔テクニック」などと男の経済感覚を麻痺させる仕草の開発に余念がありません。

女性の「1GIVE、10TAKE」は、「いかに大きく男から巻き上げるか?」という売春思考の現代的残滓といえるでしょう。

女の「1GIVE、10TAKE」の具体例

「GIVE&TAKE」という言葉には、GIVE : TAKEの比に関する定義は含まれません。
しかし、最低でもGIVE : TAKE = 1:1であり、TAKEがGIVEを上回った時点で破綻する理想であることは確かでしょう。

男は信頼主義なので「GIVE : TAKE」の均衡を目指すことが多いです。しかし、この感覚で女性に「GIVE : TAKE」を期待すると大きな罠にはまります。
やや抽象的なので、具体例をあげてみましょう。

婚姻関係を結んだ瞬間に態度が豹変し、本性を露にする

「男の価値はATM」
ネット時代が訪れて目にすることが増えた先人の言葉です。

これは、女の行動原理を鋭く捉えた秀逸な警句といえます。
女性が結婚に執着する理由は、男の行動・財産に対する法的拘束力のためです。
一度婚姻を結べば、他の女性と関係を持つことは「不貞行為」として罰則の対象となります。

これは男女共通ですが、財産の共有は、多くの場合、片務的に男性が負担します。
離婚時には、財産分与の義務が生じ、有名人の離婚では億単位の金が動くことは珍しくありません。
一般家庭でも共通で、結婚は、男の富を合法的に私物化できる唯一の選択肢です。
だから、女は金持ちを恋愛詐欺の標的にするのです。
「玉の輿」という言葉は、ATM化の達成にほくそ笑むおぞましい女の姿と結びついています。

とはいえ、女性のTAKEは直接的に金を狙うのではなく、以下の演出のために男に働きかけるケースが多いです。
むしろ、日常に溢れ、本記事で私が注意喚起するのはこのパターンです。

「いかに私は男からモテているか」

女の利得行為は恋愛、その結末にある結婚です。
「モテ」ていた方が、選択可能な男の条件が高まり、望ましいことはいうまでもありません。
そこで、相対的な自分の価値を高める努力が生まれます。

ここで、あらゆる男に利用価値が生まれるのです。
つまり、自分に好意を持たせることができそうな、警戒心のなさそうな男性を探すのです。
そして見つけたら、相手に好意を錯覚させ、自身への求愛行動を誘うのです。
このプロセスにおいて、GIVEとは男性に好意を錯覚させる最初の仕草であり、具体的には、次のような行動がサインと思ってください。

好意があるようなボディタッチ、中身のない好意的な言葉、目線

自分がモテている姿を周囲に見せつけるために、本命にふさわしくないような男性にも利用価値が生まれます。
普通なら罪悪感を抱くところですが、見た所、女性の8割は平然とこれをやってのけます。

ただし、ボディタッチは周囲から可視的なので目線や言葉を好みます。


ストローを口に咥える姿を強調してくる

女性の情報発信者には、胸の谷間や肌を強調する仕草する人が多くないですか?
そういう露骨なアピールは分かりやすいので良いとして、パッと見で判別できないが故の危険性を孕む仕草がこれです。
棒状のストローが何を象徴するかは、考えたら分かるでしょう。
要するにブロージョブを印象づけることで、男の性欲に火をつけ、都合よく操ることが行動の目的です。

あえて反応すれば、高確率で下記の罠にハマるでしょう。

目線や雰囲気で誘っておきながら、男が反応したら冷めた態度に転じる

人がいない場所で「空気的なOKサイン」で誘った後、人が多い場所へ誘導を試みるようなケースがよく見られます。

女が周囲に価値を認めさせたいときに取る行動は、「自分が求愛されている姿を周囲に見せつける」です。

だから最初にGIVEと思われる働きかけがあっても、それはフェイクなので、TAKE(応答)の先には返報はありません。
1GIVE : 10TAKEを強いられるでしょう。
好意的だった態度が急に冷たくなり、こちらが一方的に求愛をしているような図に持ち込まれてしまいます。

まあ1GIVEの後には10TAKEが待っていると悟れば、対処を打つこともできます。
分かった上で「釣り」をやるのも一興ですね。
無警戒そうな態度でいると、大抵女に目をつけられ、笑顔を浮かべながら近づいてくる女が現れます。
ここで普段の態度に切り替えて、その女性を視界にすら入れずに通り過ぎていくと、大抵、怒り狂います。笑

酷いと考える人もいるでしょうが、GIVEとTAKEが乖離する手合いには相応の仕打ちです。


2. 男も容赦しなくていい

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「女の子には優しくしなさい」
母親や祖母から痛いほど教え込まれた価値観ですが、まずこれをぶち壊しましょう。

そして、ハンムラビ法典のあの原則を適用しましょう。
「目には目を、歯には歯を」
これでOKです。

女性が男性搾取を正当化するのは、女性の男性選択が「種の選別」を象徴するからです。

男性搾取をメスに託された特権だと開き直っていることは、「小悪魔」などというふざけた言葉に現れています。
相手が悪魔なら、男性も容赦する必要はありません。

サタニックに同様の行動を取ってやればいいのです。
男の欲望を肯定し、それに最適化した振る舞いをとりましょう。
もちろん、手に入れた魚に餌をやる必要なんて全くありません。

男女のあるべき理想は、お互いにGIVEしつつ、パイの体積を広げていくwin-winですが、相手が野蛮に出るなら、こちらも容赦する必要はありません。

中星マインドは、次世代の男を救う救世思想

「女に容赦しない」

この原則を決意した男に重要なヒントを与えてくれるノウハウが「中星マインド」です。
創始者は、東大卒AV男優の「中星一番」氏。
一世を風靡した恋愛工学の系統を継ぐ氏は、恋愛工学が抱える犯罪リスクの問題を解消。

自然に恋愛関係を築きつつ、男が優位を握る(損をしない)ための教義を展開します。
「中星一番」の解く内容は、真理のド真ん中を突いており、日本型の世間体やポジショントークは一切含みません。
この思考があれば、女性に対して劣位に回ることはなくなるので、なるべく人生の早い時期にインストールすることを強くお勧めします。

「中星マインド」の原典は、「中星一番」氏の販売する有料noteですが、1記事あたり5万円〜と購入できる層が限られています。
「中星一番」氏はYoutubeを介した情報発信もしているので、完全無料で視聴できる動画に一通り目を通すことをお勧めします。
あえて紹介しませんが、このチャンネルで「中星マインド」の表面的な教義は理解できるはずです。

+α. インターネットの登場で日本人は聖書を獲得した

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日本人は聖書を持たない民族です。
それはバラバラの民族を束ねるような必要性がなかったからです。
厳しい自然環境下での農作という、別の団結を強いる条件が機能したので、聖典執筆の動機は脆弱でした。

とはいえ、ナチュラルな団結力を発揮できる反面、世代ごとの教訓が継承されにくいという構造的弱点も抱えます。
高齢の既得権益層による社会改革の阻害も、「既得権益の温存がもたらす社会的弊害」という知恵の継承失敗が原因です。

そんな聖典なき日本人も、インターネットを獲得しました。
このインターネットは聖書の模倣です。
書き手が自由に書いて、編纂者のグーグルが優れた内容を選別する仕組みは、聖書成立のプロセスと相似です。
グーグルの検索アルゴリズムに度々変更が起こるのも、既得権益の排除を目指した仕組みでしょう。

このインターネットの導入により、日本人も次世代に教えを継承するインフラを獲得しました。
次世代は先代の教訓を胸に、効率的に人生を進めることが可能になります。

この未完の聖典に内容を加えていくのは、民衆である我々です。
インターネットは人類滅亡まで残りますから、読み手は人類滅亡までの子々孫々です。
生きた証を残しつつ後世の役に立つためにも、経験という遺産を残しましょう。
さしあたり、私は自分が苦しんだ女性の悪徳についてシェアしました。

この経験が他の経験と混ざりあって、次世代に託す壮大な知恵の一端になれば幸いです。

10代なら身長が+5cm伸びる「ドラえもん眠法」を発見した【知力も向上】

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「あー今日も俺寝てねーわ」
大学によっては、頻繁に耳した定型のフレーズではないでしょうか?

このフレーズを耳にする回数と大学のレベルは、おそらく反比例します。
そう言いたくなるほど「睡眠を馬鹿にする風潮」は非科学的なのです。


実際に、睡眠中の体内では次のような現象が起きています。

○成長ホルモンの分泌 ➡️ 10代以下なら身長アップ、10代以降も抗酸化による老化の防止
○リプレイ現象 ➡︎ 覚醒中に経験した記憶の再現(記憶の定着に必須)
○新陳代謝 ➡︎ 疲労の解消

以上3つは私の理解に過ぎず、実際の健康効果は、さらに多くを挙げることが可能でしょう。

記憶の定着や老化防止などといった条件は、人生を豊かにするうえで欠かせない条件です。
その条件を左右するのが、睡眠なのです。
大学生がやりがちな「睡眠の軽視」で人生を走ってしまうと、それだけで負の方向に進みかねません。

とはいえ、こうした健康効果には、一定の条件が必要です。
それは睡眠の質の高さです。

こう聞くと、多くの人が連想するのは高価な寝具を買うことではないでしょうか?
いいえ。
私が紹介する「ドラえもん眠法」なら、超低コストで良質の睡眠が実現可能です。

10代以下の方が長期実践すれば、潜在的な身長を5cm延ばせるでしょう。
それ以降の方でも、記憶力アップや、疲労減少に伴う体力の向上を実感できるはずです。

かなり優良な情報なので、需要があれば教えます。
ただで教えるのは私の損なので、noteで100円販売を考えています。