Ossan's Oblige "オッサンズ・オブリージュ"

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中央埋め込み文(複文)の処理負担を軽くする言語運用スキルに関する論文を読んだ

(参考 : http://sophials.sakura.ne.jp/slspr/27th/SULS27_Matsuyama.pdf
まず最初に、「埋め込み文」の中で「中央埋め込み文」が最も処理に要する負担が重いことをご存知ですか?
埋め込み文には、主に3つの種類があります。

1. 中央埋め込み文(複文) → 「Yを、Zを押したXが叩いた」
2. 左分岐文 → 「Zを押したXが、Yを叩いた」
3. 等位接続文(重文) → 「XがYを叩いて、Zを押した」

1.の中央埋め込み文の処理が複雑なのは、主語と述語の間に、「主語・述語構造」が埋め込まれているからです。
脳の構文解析機能(パーサー)が文章を理解するには、主語と述語の対応を理解しなければなりません。
しかし、上の文章だと、主語と述語の間に、名詞節の主語が登場するので、パーサーは混乱してしまいます。
この混乱が、処理負担の重さの正体です。

この中央埋め込み文は、日本語だけでなく英語にも登場します。
例えば、"The juice that the child spilled stained the rug."のような文章です。
この「中央埋め込み文を効率的に解読する方法はあるのか?」という問題提起に対して、著者の松山さんは「YES」と答えていました。


1. 意識的な言語的操作により、中央埋め込み文の処理を軽くできる

結論から言うと、中央埋め込み文の処理を軽くするテクニックは存在します。
それは、こちらが中央埋め込み文を発話/記述する側という制限付きですが、聴く側の時にも、処理を軽くするテクニックは存在します。
これらの技術を抽象化し繰り返し使うことで、小脳に作業記憶を留めることができます。

そうレベルに達すると、英会話のスキル向上が期待できます。
ぜひとも、上智大学の松山さんの論文と本記事を参考に「中央埋め込み文」の処理技術を身につけて帰ってください。

結論から言うと、主語と述語を隣接させることが大事です。


2. パーサーが、文章の構成を解析しやすいように語を配置する


中央埋め込み文は、次のような構造を持ちます。

「大谷選手が、アップトン選手から三振を奪ったグリンキー投手からホームランを打った。」

各単語に役割を振ってみます。

「大谷選手が(主節-主語)、アップトン選手から三振を奪った(名詞節-述語)グリンキー投手(名詞節-主語)から、ホームランを打った(主節-述語)。」

主節の主語と述語の間に、同じく主語と述語を持つ名詞句が挟まれています。
このような文章と対峙すると、脳の構文解析機能(パーサー)は、混乱してしまいます。
なぜなら、主節の主語と述語の対応を把握する前に、名詞節の主語-述語構文が始まってしまうからです。
パーサーの構文解釈が成立するには、主語-述語関係の把握が必須です。
しかし主語と述語の間に、入れ子構造で新しい主語-述語構造が入ると、処理負担が増えてしまうのです。
特に、構文的ワーキングメモリ(短期記憶)が欠かせません。
このことは、中央埋め込み文を処理するときには、特異的に「中前頭回」の活動が見られることによって裏付けられています。
なお、この中前頭回は、ブローカ野(下前頭回)の上部にある構文的ワーキングメモリの中枢だと考えられています。


一方、次のように書き換えると、処理負担は少なくなります。
「大谷選手が(主節-主語)ホームランを打った(主節-述語)グリンキー投手は、アップトン選手(名詞節-主語)から三振を奪っていた(名詞節-述語)」

違いは明らかです。
主節と名詞節ともに、主語と述語が隣接していますね。
パーサーが、主語-述語の対応関係を、文節の中ですぐに発見できるため、混乱なく意味を解釈できるのです。

以上は、自分が書き手の場合ですが、聴き手の場合の対処法も紹介されていました。

それは、以下の記述から推察できます。

「Marcus (1980), Berwick & Weinberg (1984), Hawkins (1990)などに よると、パーサーは、今処理が行われている句がどのような直接構成素構造をとるのかを、各々の直接構成素の詳細よりも先に大まかに処理する方が、計算に負担がかからないといった主張がなされている。」

つまり、文章が文型のどのパターンに該当するのかを判断する技能を磨きましょう。
例えば、主語の後に主語(や関係代名詞)が来た場合、瞬時に「入れ子構造だな、述語は後出しだから主語を記憶しておく必要がある」と無意識に反応できるように、脳の構文解読機能に処理技術を記憶させておくのです。
これは日頃のトレーニングなしには、実現不可能でしょう。
とはいえ、小脳に演算のパターンを記憶させれば、あとは意識的な操作なしに繰り出せるようになります。
なので、正しい方法で繰り返し練習することが、最短ルートです。

ちなみに、現代の英語の口語文において、中央埋め込み文が使われるケースは稀なようです。(関係代名詞含む)
それに万が一、口語の中央埋め込み文に遭遇して理解できなかった場合は、ちゃんと聞き返せば混乱は防げるでしょう。

3. 日本語はScrambling、英語はHeavy-NP shift

中央埋め込み文の処理を軽減する方法は、20世紀の時点で周知されていました。
その点に関して、参照した論文が画期的なのは、「日本語と英語以外の言語にも普遍的に、中央埋め込み文の処理負担を軽減する技法が存在する」という仮説を立てたことです。
実際に、アメリカ先住民のワッポ語やホピ語、ペルシャ語を検討して、仮説を支持するような結果が得られたようです。

とはいえ、多くの日本人が使用するのは、日本語と英語くらいでしょう。

したがって、本記事の結論として、中央埋め込み文の処理負担を軽減する言語運用スキルについて、日本語と英語の場合のみ述べておきます。

それは、以下の通りです。

1. 日本語 → Scrambling
2. 英語 → Heavy-NP Shift

なんども繰り返す通り、主語と述語の対応関係を明確にしましょうということです。

日本語のScrambling

日本語は、語順の制限が少ない言語です。
このことは、英語と比べると分かりやすいでしょう。
英語は、語順の規則が厳格です。

例えば、"I read a book yesterday."とはできても、"I yesterday a book read"とはできません。

しかし、日本語の場合は「昨日私は、本を読んだ。」でも「私は昨日、本を読んだ。」でも、意味が通じます。
「私は読んだんだ、本を、昨日ね」でも、伝わってくる言葉の内容は同じです。

このように、日本語は語順に明確な規則がなく、単語の配列の異なる文章が、だいたい同じ意味で通じてしまうのですね。(もちろん、文法規則が存在しないわけではない)

ちなみに、中国語も語順が厳格だそうです。

要するに日本語は、語順の制限が少ない、世界的にも特殊な言語だということです。
この特性を利用して、主語と述語をなるべく隣接させ、複雑な名詞句と区別するように記述しましょう。
そうすれば、解析の処理にかかる計算の負担を減らすことができます。
(例 : 昨日私は、東京で一番人気があると言われているケーキ屋でパフェを食べた。 → 昨日私がパフェを食べたケーキ屋は、東京で一番人気があると言われていた。)

英語のHeavy-NP Shift

訳は、「重い名詞節(NP : Noun Phrase)の移動」。

要するに、主語と述語の間に長々とした名詞節が入ると、読解が困難になります。
これは言語共通の特性です。
したがって、英語の場合でも、重い名詞句(Heavy-NP)が存在する場合は、名詞節を先頭か末尾に配置しましょう。
そうすると、主語-述語関係が明確になり読解が容易になります。

例えば、 "The man [who is from the city [which is famous for apples [which are delicious]]] has just arrived. "という構文があるとします。
[]以下の内容が名詞節です。
これを文章の端に移動してやりましょう。
すると、"The man has just arrived [who is from the city [which is famous for apples [which are delicious]]] "となり、文意を読み取りやすくなるのです。


「主語-述語の隣接する文章は、把握しやすい」
この傾向は、あらゆる言語に普遍です。

そして、通りやすい文章にアレンジするには、重い名詞節を文の端に移動させる操作も重要です。当然、日本語と英語に共通です。
これらは、英語習得の時間を短縮化しうる知識なので、ぜひ頭に入れておきましょう。