Ossan's Oblige "オッサンズ・オブリージュ"

文化とは次世代に向けた記録であり、愛の集積物である。

今治造船に溶接の派遣で行ってみた【肌の老化、視力落ちる】

現金が底を尽きたものの株や仮想通貨などの資産を売却したくない私は、短期の派遣労働に従事することにしました。

旅先の愛媛県のハローワークで目に留まった求人は「今治造船の溶接」です。

特に採用条件もなく、溶接の知識がなかった私は、好奇心半分でエントリーすることに決定。

本記事では、今治造船の溶接工程に従事する過程で見えてきたメリットとデメリットをまとめます。

私が体験した2か月の実体験に基づくため、愛媛県の今治造船・西条工場で働くか検討されている方の参考になると思います。


1. 今治造船の工場がある愛媛県西条市について

愛媛県の性格(東予・中予・南予)

江戸時代の伊予地方(今日の愛媛県がある地域)は、「伊予八藩」と呼ばれる小藩分立の時代にありました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E4%BA%88%E5%85%AB%E8%97%A9
藩は国家のようなものなので、今の愛媛県内に小国が割拠していたような状態です。
その時代の影響もあり、同じ愛媛県の都市でも、地域ごとに人の性格は様々です。

今日よく使われる分類は、東予(東部)、中予(中部)、南予(南部)の3区分。
愛媛県全体に敷かれる生産分業の中で、上記3地域も生産分業の次元で職種ごとの住み分けがなされているように観察されました。
南予第一次産業
東予 第二次産業
中予 第三次産業

地域ごとに特定の産業が割り振られ、そこに居住する人々の性格を決定し、それぞれのカラーを醸成していきます。
第一次産業の南予農業従事者
第三次産業の中予サービス業従事者
第二次産業の東予工業従事者

もちろん、「東予に住んでいる=中・高卒」といった先入観は正しくないものの、都市の中心層を示す指標としては、おおむね間違ってないと思われます。

今治造船がある東予地方は、工業都市。住民は中・高卒の人間が大半

今治造船は、会社の名の通り「今治市」(東予)に本籍を置く造船企業です。

東予地方は、製造業(第二次産業)に特化した工業都市です。
そのため、都市風景に占める工場の割合は高く、工業に専門性を持つ人が多いです。
工業に専門性を持つ都市なので、文化的にはあまり開かれておらず、学問よりも実践タイプの職人気質の人が多いように観察されました。
所得水準は低く、労働環境は過酷。
さらに少子高齢化が重なって、都市には鬱屈したムードがわだかまっています。

反面、松山市(中予の中心都市)を訪れた時は、明るい文化性が開かれていたので、ホワイトワーカーは、高い所得を求めて第三次産業の中予へ移住している様子でした。

今治造船の寮があるのは東予地方です。
この地域は、中卒や高卒の人が中心を占める都市で、雰囲気も同様であることは心に留めておきましょう。

愛媛特有の穏やかさはありながらも、上下関係へのこだわり、縄張り意識の強い人が多い印象を受けました。
第二次産業のストレスがくすぶっているせいか、「ハンドルを握ると性格変わる」タイプの人が多く、車の内外で性格が変わることが多かったです。

今治造船・西条工場ひうち寮付近の環境は利便性が高く、Good

東予地方は、四国屈指の工業地帯です。
それを支える条件も優れており、格安スーパー・ラムー、薬局コスモス、現地系ショッピングセンター・フジなどがそろっています。
寮からスーパー群までの距離は、1㎞未満。
労働環境としては「かなり働きやすい」環境が整っています。

2. 今治造船(下請け企業)について

今治造船は、工程ごとに下請け企業にアウトソーシングしており、工場の中に様々な下請け企業が入っています。

労働集約型の造船業は不況。利益が少ないので、給与に厳しい

入社を決定する際に欠かせない情報が会社の利益です。
利益が出ている会社は、大きすぎる利益を減らすために人件費の支払いを増やします。
したがって、従業員への金払い(給与水準)は良いです。
トヨタ、日産など大手自動車メーカーの期間工募集が代表的な例でしょう。

いっぽう、会社の利益が少ないと、従業員に支払う給与も厳しくせざるを得ません。
なぜなら、節税対策で人件費を増やすほど、利益が出ていないためです。
逆に、利益が税金で絞られる以下の場合、会社はコストカットのために従業員に支払う給与を削ってきます。

私が派遣された1次受けの会社もまた「利益の少ない」会社でした。
そもそも、元請けの今治造船の2018年の経常利益が168億700万円です。
今治造船は、世界の船舶市場に世界第3位のシェアを持つ大手メーカーですが、経常利益では、トヨタ自動車(2兆2854億円)、武田製薬工業(948億9600万円)、ルネサスエレクトロニクス(651億円)などの大企業に比べると見劣りします。
これは造船業が、人件費の安さがキーとなる労働集約産業だから仕方ありません。
途上国の安い製品に敵うはずがないのです。

業界の苦境は察しますが、お金稼ぎのアルバイトとして選ぶメリットは正直ありません。

実際、私も賃金の支払い渋りに遭遇しました。
作業道具の購入(6,700円ほど)
会社の命令で受講する研修の労働時間外化(研修を労働時間外として計算)
有料の寮費(15,000円)
昼食の弁当420円(拒否可能)

中でも、研修の労働時間外扱いは、労働基準法違反に該当する行為です。
会社命令の研修であれば、支払いは当然の義務です。
しかし、この会社は、研修に費やした4時間を「労働時間外」の扱いとし、給与支払いの対象から外そうとしてきました。

結局、派遣会社に事情を説明したところ、派遣会社から支払ってもらえるとのことで難局を凌ぎました。

しかし、今治造船の下請け企業でまかり通っている行為が、労働基準法違反であることに変わりはありません。
これは、利益が不十分な企業がとりがちな行動パターンです。

実際、勤続15年の先輩に聞いてもボーナスなし、かつ低収入だそうです。
30代なのに白髪に覆われ疲れ果てた彼の風貌が、業界の苦境を象徴していたように思い出されます。

1次受けの会社でもこれですから、さらに低次の下請け会社だと、まともな待遇を期待できないことは疑う余地もありません。

溶接は視力や肌へのリスクあり

「溶接」は確実に体を蝕む業種です。

「溶接」を知らない人も多いかと思いますが、製品の組み立ての際に用いられる接合の技術です。

2つの部品を接合する際に、材質の接合点でワイヤーを溶かして接合していく作業のことを指します。

10kg以上の重い材質でも、5㎝の溶接を施すだけで、持ち上げても外れなくなるくらい強力な接合力を誇る技術です。

ワイヤーを溶かす際に出力される温度は1600℃にも達し、このとき発生する激しい黄緑色の紫外線は皮膚と目にダメージを与えます。

もちろん、人体に悪影響が出ないよう、顔面を覆うた防御面が用意されています。

しかし、目の部分に横一列に開いたガラス窓越しに見るので、視野が狭窄して必ず死角が生じます。

顔を乗り出してダイレクトに接合部を見なければならないケースが頻繁に発生し、そうした時に溶接光が目に入ってくることで、確実に目や皮膚が蝕まれていくのです。

「目を焼く」というおぞましい業界用語もあり、溶接の紫外線は、肌のシワ、シミの原因となり、目からは視力を奪って白内障のリスクを高めます。

今治造船・西条工場の一日の流れ

1日の流れは下記の通りです。

朝礼7:55
作業8:00-12:00
休憩1時間
作業13:00-17:00
残業17:00-19:00

毎朝の全体朝礼とラジオ体操の後、円陣を組んでのグループミーティングで1日がスタートします。

午前、午後の作業時間は、それぞれ4時間。
間に12:00-13:00まで1時間の昼休憩を挟みます。

作業が停滞している時は残業2時間が発生しますが、これはほぼデフォルトです。

業務時間中は、工場を覆うクレーンで運ばれてきた大きな船の骨組みの中に入り込んで、仮留め状態の骨組みを溶接で固定していく作業を淡々と行います。
会話も指示と進捗確認くらい。

単純作業なので、一定の仕事を覚えたら、あとは同じことの繰り返しといった感じです。

服装は、溶接火傷を防ぐために、インナーに重いジャケットを重ね、頭部のヘルメット、マスク、ゴーグルという重装備。
溶接作業中は、服の内部に装着して冷気を送り込む「エアークーレット」があるため、暑さは感じません。

しかし、作業外での移動など、特に夏場の発汗地獄は苛烈です。

とくに、汗だくでの昼休憩は不快感がたまりません。
現場作業に慣れていない人が、体1つで働きぬくことは至難の業です。

肉体労働のストレスを緩和してくれた三種の神器

慣れない現場作業に心が折れかけた私が2か月の契約期間を乗り切れたのは、ストレス軽減に役立つ道具を購入したからです。
その道具とは、水のいらないシャンプーギャツビー水筒です。

水のいらないシャンプーは、頭皮の不衛生感が不快な時に、頭に吹きかけて頭皮を揉むだけで清潔感とサラサラ感を与えてくれます。
昼休憩の後半、作業に入る前などに欠かすことなく使っていました。

ギャツビーは、汗を拭きとることによる清潔感に加え、清涼感をもたらす粒子が爽快感を与えてくれます。

水筒は、飲料を冷温のまま保つのに欠かせません。

夏の暑い現場では、ペットボトル飲料は、たとえ凍らせていてもすぐに溶けて常温に戻ってしまいます。

生ぬるいドリンクを飲んでも体力は回復しません。

しかし水筒に入れた飲料は、冷温を保てます。
現場には、氷の無料開放や冷水機が用意されており、氷水を水筒に入れるだけで、快適に作業をこなせるようになりました。


こうしたアイテムを使い始めてから、目に見えてストレスが軽減しました。

ストレスが減った分、時間の経過を早く感じるようになり、仕事のパフォーマンスも向上したように記憶しています。

現場作業に欠かせないアイテムでしたが、全て購入しても4,000円を超えません。
皆勤手当てを取り逃す方が大きな支出を払うことになるので、こうした補助道具の購入はコスパの良い投資になると思います。
(Amazonなら、薬局で売られている商品よりも安くまとめ買いできるのでオススメです。)

仕事は見て覚えろ

「仕事は見て学べ」という独特の労働慣行に馴染めない人も多いかと思います。
普通、派遣雇用者に任せる仕事は、正規雇用者に任せていては無駄が生じるマニュアルワークのはずです。

単純作業をモジュール化し、処理をこなすための指導をし、指示書を見せながら、最短の負荷で効率的に成果を出すマニュアルワーカーの量産が、派遣社員を率いる彼らの使命です。

そんな甘い期待を抱く私を待っていたのは、「仕事は見て学べ」という職人養成コースでした。

教育指導はほぼ0。
担当の上司に付き添いで作業見学をさせられ、段取りから作業までを見て理解することを強いられます。
そして、言われるまま見てばかりいると、「"やらせてください"と頼め!!」と周囲の職人に怒鳴られる始末。
しかし、目の前にあるのは、外国に売る船舶の部品。
ド素人が練習もなく、「溶接させてください」とは普通、頼めません。

付き添いの上司は、私と同じくらいの年齢でしたが、職人気質で寡黙。

たまに話をしても、説明が苦手らしく、ボソボソと何を言っているのかよくわからない上、周囲に人がいる状況では、上下関係を過度に意識し、インソールまで履いて威圧的に話してきます。(中国人の前だと特に)

打ち解けるまで長い月日を要しました。

マニュアル化された指導方法のようなものは存在せず、行き当たりばったりです。
「見て学べ」に馴染めない人は、慣れるまで「居づらさ」を強いられる可能性が高いです。

派遣と正社員の区分けがない

派遣社員は、必ずしも、その道の専門性(プロ)を志しているわけではありません。
夢を追う上での資金調達のため、適職の模索中など、目的も経歴も様々でしょう。
もちろんプロを目指して入ってくる人もいることでしょうが、「プロ志向でない」人の方が大半です。

そんな中で人材を活用するには、「プロ志向でない」層に対応した指導方法が用意されていなければなりません。

しかし現場で待っていたのは、正社員と同じ待遇でした。
もちろん、給与格差は残したまま、派遣社員に正社員と同じ「職人の道」を歩まそうとしてきます。

初日に、蒸し暑い環境の中、エアークーレット(服の内部に装着して冷気を送る装置)もなしに、ただひたすら見学を命じられ、やる気を失うと高齢の職人に怒鳴られる始末。

期限満了での撤退を決意したのは、初日の午後でした。

もちろん、現場の指示は絶対であり、入ったからには従わなければなりません。

しかし現実として、今治造船は深刻な人手不足にあえいでおり、後継者不足から企業の将来性すら閉ざされつつある状況です。
そんな中、自分たちの非効率な人事マネジメントを見直さないというのは、自己責任と見られても仕方ないのではないでしょうか。

現場の会話の中には、過去に辞めていった人をネタにしてあざ笑うような話も耳に入ってきましたが、指導とマネジメントの非効率を犯しながら、人材不足を嘆くのは「ちょっと違うのでは?」という素朴な感想がぬぐえませんでした。

入社時に「最低でも1年続けてくれ」、退社前に「1つのこともマスターせずに辞めるのか」などと釘を刺されましたが、金銭メリットもなく、職人志向でもない私には工場に居続ける理由がありません。
「はい?」という感じで聞き流し、2ヶ月の契約満了とともに愛媛県西条市を後にしました。

中国人が半分近く占める労働環境(優秀な中国人が多かった)

少子高齢化、人材育成能力の無さといった要因が重なり、今治造船は深刻な人材不足に頭を悩ませています。
そこで同社は、外国人技能研修制度の活用に踏み切っています。

国籍の判別は、従業員のヘルメットの色(肌色・緑色)で判別できます。
朝の全体朝礼から観察するに、工員の約40〜50%は中国人で占められている様子でした。
原因は単純に「人手不足」です。

中国人というとネガティブなイメージが根強いですが、寡黙にせっせと働き、及第点のパフォーマンスを発揮する人が多い印象を受けました。

(全体朝礼のラジオ体操で見せる、統率の取れないカオスな動きは観察に値する)

頻繁に怪我・死亡事故が発生する危険な作業現場

今治造船は、死亡事故が多いことで有名です。

私が所属した2ヶ月の間にも、次のような事故が耳に入ってきました。

・狭い作業空間でタバコの火がスプレーに引火し、炎上させて全身火傷
・高所作業中に30m下の地面に転落して死亡
・高所から落ちてきた鉄塊が頭にぶつかり死亡
・真夏の炎天下の下、カッパをまとっての作業で熱中症に罹り死亡

頻発する事故を防ぐべく対策も打たれていますが、口頭注意による心がけ程度のもので、本質的な対策は打たれることなく、同じような事故を繰り返している様子でした。

命の価値は高くありません。

商業船のデッキは、地面から35mほどの高所にあります。
これはマンション11~12階の高さに相応し、転落したら、ヘルメットで頭は無事でも、無防備な腰や脊椎の損傷はまず免れないでしょう。

新人の私も船のデッキ上での作業に従事させられることがあり、一足先は人が小さく見えるほどの絶壁。
「一歩踏み外せば転落」という状況に命の危険を感じたものです。

先輩の「おい、死ぬぞ。死ぬぞ。」という声が今でも耳に響いてきます。

今治造船の派遣体験まとめ

一般情報
今治造船の工場がある愛媛県西条市は、東予地方の工業都市

◯メリット
寮付近に商業施設が多いので、生活しやすい
寡黙な職人作業なので人間関係のストレスが少ない

●デメリット
今治造船の業績不振のため、高収入は期待できない。
入社時に、仕事道具を購入させられる(円)
寮費が有料(15,000円)
労働基準法が守られないことがある
溶接の健康被害
季節にかかわらず重装備。夏場の不快感が激しい
死亡事故などの労働災害が多発する現場

今治造船はいわゆる3k(きつい、汚い、危険)の典型です。

戦中に創業された歴史(1942年)が物語る通り、人命をそれほど重視していない雰囲気さえ感じ取れました。
同じ時給1,200円の仕事があるなら、まず造船は選びたくないというのが仕事を終えての率直な感想です。