巷では中国の台頭が叫ばれて久しい。
対外開放の外資熱で成長した中国は、米国覇権打倒の先鋒であり、21世紀の覇権大国なのだそうだ。
某鬼塚氏の著書を読むと、世界2位のGDPを持つ中国の中央銀行には、世界の金塊が集積されているのだという。
「そんなことはどうでもいい。」というのが私の率直な感想です。
最後に富を握るのは実力者
鬼塚氏の意見が正しいとして、中国を世界最大の金保有国ということにしてみる。
しかし、金の保有率というのは、流動的なものである。それは、1990年の時点で遅れた社会主義国だった中国が、28年間で金保有率を高めたことにも表れている。
戦時の日本も、アジアに進出していく中で、各地の資源を接収したらしい。しかし、敗戦するとたちまちアメリカ占領軍に没収されている。
富というものは常に争奪の対象となり、最終的には強者の手に集約されるのである。
一時的に成金を達成しても、実力が伴わなければ、強者に奪われてしまう。
大航海時代の歴史にもそれは表れていて、インドや中国が直面した例は、まさに弱い成金国家が強国のカツアゲに晒された例だったと思う。
大航海時代は意外とアジアが栄えた時代だった。
アジアの富を最初にヨーロッパに伝えたのは、マルコポーロだった。
マルコポーロの「東方見聞録」を読めば、彼が旅した各地の様子が、資源を中心に描かれていることが分かる。
実際にヨーロッパ人がアジアにたどり着くのは、ヨーロッパ人が、火器と羅針盤を身につけてからだった。
大航海時代になって、ヨーロッパ人がたどり着いたアジアは、まさにマルコポーロの伝える富の宝庫だった。
インドの綿織り物、絹、コショウは、ヨーロッパの消費者を熱狂させ、中国の陶磁器や茶は高級品として上流階級に親しまれた。
当時は、東のアジア開拓と並行して、西の新大陸の征服事業も行われていて、鉱山から採掘された大量の貴金属がヨーロッパになだれ込んでいた。
ヨーロッパ商人は信用経済を好むが、疑い深いアジアの商人はヨーロッパで発行された信用紙幣を信用しなかった。
そのため、普遍的な価値を持つ貴金属がアジア商人への決済手段に使われた。
ヨーロッパでのアジアの富に対する需要は非常に旺盛だったが、新大陸から掘り出した膨大な貴金属があったので、必要分は集荷することができた。
しかし、大量の貴金属がアジア商人に支払われる一方、ヨーロッパ製品はインドや中国の間であまり流行らなかった。
インドに売ろうとした毛織り物は、暑いインドにあわず、穀物や飲料は長い船旅で劣化してしまった。
綿織り物でも、ヨーロッパ製品の品質はインド製品に劣り、優位に立つことができなかった。
中国においても、イギリス産の綿製品は親しまれず、実利をもたらさない絵画などの高級品も趣好されることはなかった。
その結果、新大陸からヨーロッパに搬送された銀の多くが、貿易代金として、東洋に流出することになる。
東京大学の石見徹氏によると、その割合は、控えめに見ても、新大陸から流入した銀の約4割に達していたという。
つまり、当時のヨーロッパ商人は対インド・中国貿易で一方的な赤字を被っており、新大陸から得たはずの富が東洋に流出していたことになる。
大航海時代といえば、ヨーロッパの栄光の時代のように語れるが、最終的な富の集積地はインド・中国をはじめとするアジアだったのである。
当時のアジアは、ヨーロッパとの交易で栄え、一種の成金状態を形成していたとも見れる。
では、中国やインドは、その富を使って、覇権大国にのし上がったのか?
と聞くと、頷く人はいないと思う。
アジアが収奪されたのは、帝国主義時代
大航海時代に富を蓄えた中国・インドが覇権大国になれなかったことは、歴史が示している。
色々なヨーロッパの国がアジアへ進出したが、最大の勢力はイギリスだった。
そのイギリスも産業革命を迎えるまでは、譲歩していた。
圧倒的な技術差を築くまでは、アジアの商習慣を守ったり、科学技術を教授することで現地に取り入ろうと努力を払っていたのである。
しかし、産業革命を迎え、容易にアジアを侵略できる軍事力を身につけると、暴力性を前面に出すようになる。
貿易赤字国の中国には、アヘン密売を行い、それに気付いた清朝皇帝が規制を出すと、近代兵器を使って武力占領した。
インドでは、最新技術で工業的に大量生産した安い綿織り物を無関税で持ち込み、インドの伝統繊維産業を壊滅に追いやった。
さらに、現地の統治権を掌握し、苛烈な課税で手に入れた現地の富で、現地生産物を買い付け、諸外国へ輸出するという無茶を押し付けた。
中国では、アヘン戦争を機に列強の進出が相次ぎ、その陣の中には新興国・日本も加わっていた。
日清戦争で死に体の清朝を倒した日本は、賠償金として受け取った金塊を、日本銀行ではなくイギリスの金融街シティに保管することで欧米列強に報いた。
インドの富安い工業製品と自由貿易で収奪
ということになる。
中国とインドに共通するのは、産業革命という技術力を持てなかったことが、イギリスに対する劣位を生んだことである。
中国の金保有量が世界トップでも、覇権をとるとは限らない
冷戦終結の後に台頭できた中国が金を大量取得できていたとしても不思議ではない。
なにせ、核戦争を煽る冷戦は、金価格の高騰と同居しやすいからだ。
世界の国々が資本主義と社会主義に分かれ、核兵器の使用をちらつかせるほどの争いを始めれば、「有事の金」が上がるのは当たり前である。
しかし、資本主義が勝利を収めると、社会主義は限られた国の名前という舞台を除き、国際社会から姿を消してしまった。
対立が消えるとともに、核戦争のリスクが回避されたのだった。
金は「有事の金」といわれているだけあって、平和が訪れると、当然価格は落ちてしまう。
また、ひと段落つくと、今度は資本主義が勧める企業債券に投資が向かうようになる。
こうした株ブームの中で、金を手放して債券を買う人が多くなったことも、金価格の下落を後押ししていった。
金価格は、世界が再び混乱を取り戻す2001年(911)頃まで下落を継続していた。
中国の発展が始まったのは、90年代に市場開放を行ってからなので、ちょうど金が下落していた時期と重なる。
ちょうどいいタイミングに経済成長を始めた中国が、値動きの底をついていた金を買い占めていたとしても、不思議ではない。
しかしそれが事実だとしても、金保有率の高さが、覇権を象徴した時代は歴史上存在しなかった。
富は、勝者の手に集約されるからである。
覇権を左右するのはイノベーション
イギリスは産業革命なくして、中国に対するアヘン戦争の勝利も、インドに対する貿易戦争の勝利も、導けなかった。
産業革命が起こる前のイギリスは、両文明に譲歩を重ねていたのである。
このイノベーションは、場当たり的な研究では、生み出すことができない。
基礎研究から実証研究、また学問の手続きなどで条件のよい研究機関が必要である。
18世紀に産業革命を成し遂げたイギリスは、近代科学の成立の地であり、世代ごとに積み重ねてきた土壌を有していた。
そして、21世紀の今日では、アメリカへ継承されている。
もしも、中国が、覇権大国の地位を主張するのであれば、世界屈指のイノベーションが伴っていなければならない。
イノベーションを起こさないまま覇権を主張しても、圧倒的なイノベーション国家との戦争に敗北し奪われてしまうのである。
要するに、中国は、学問研究でアメリカを凌げているか?
もし、中国の覇権が起きるなら、ここで「YES」が返らなければならない。
中国は確かに力をつけてはいるものの、同胞同士で水増ししている論文引用数など以外で、アメリカを凌ぐ成果を伝える声はきかない。
一方の米国といえば、世界的企業のマイクロソフトやグーグル、アップルは今や世界市場を包摂している。
また、アップルやアマゾンに顕著なように、次々に次世代デバイスを発明して、既存の産業から仕事を奪っている。
最近は暗号通貨が流行っているが、「ビットコイン」も「リップル」もアメリカから提出されたものだった。
中国もマイニングで活躍しているが、それは他人が作ったプラットフォームで活躍したに過ぎない。
こうした動向から判断すれば、中国にアメリカに匹敵する科学技術があるとは思えない。
中国は常に後追いなのである。
だから、産業スパイが一掃され、キャッチアップが追いつかなくなった時、一気に引き離され全てを失うであろうというのが私の考えである。
中国がイノベーションを起こせない体質のままだと戦争で全てを奪われる
国家の覇権には、イノベーションが不可欠であるが中国にはアメリカを凌ぐ技術力はない。
いくら金の保有量世界一の金持ち国家でも、イノベーションで追いつけなくなると、破壊と収奪に晒されることになるでしょう。
実際に大航海時代に起きた勢力後退の図式が、21世紀の現代に再び繰り返されようとしているような気がして仕方ありません。